先回、2016年の先進7ヵ国の相対的貧困ランキングにおいて、日本は2位というありがたくない地位だったことを書いた。
 実は、子供の貧困については、2013年(平成25年)6月16日にすでに「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が制定され、2014年(平成26年)1月17日から施行されていた。なお、この時の法案は政府提案ではなく、議員提案であり、2013年5月、民主党、無所属クラブ、みんなの党、生活の党、社会民主党・市民連合の野党6党による共同提案として、「子どもの貧困対策法案」が衆議院に提出され、一方、自民党・公明党の与党も、同日、「子どもの貧困対策の推進に関する法律案」を衆議院に提出したことで、協議がなされて原案が成立したそうだ。なぜ、政府提案ではなかったのか、私には分からない。
 しかし、その後、子どもの貧困状態は改善されなかったことから令和元年6月19日改正された。改正後の条文も含めて記載する。

(目的)
 第1条 この法律は、子どもの現在及び将来がその生まれ育った環境によって左右されることのないよう、全ての子どもが心身ともに健やかに育成され、及びその環境を整備するとともに、教育の機会均等が保障され子ども一人一人が夢や希望を持つことができるようにするため、子どもの貧困の解消に向けて、児童の権利に関する条約の精神にのっとり、基本理念を定め、国等の責務を明らかにし、及び子どもの貧困対策の基本となる事項を定めることにより、子どもの貧困対策を総合的に推進することを目的とする。

(基本理念)
 第2条 子どもの貧困対策は、社会のあらゆる分野において、子どもの年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善に利益が優先して考慮され、子どもが心身ともに健やかに育成されることを旨として、推進されなければならない。
 2 子どもの貧困対策は、子ども等に対する教育の支援、生活の安定に資するための支援、職業生活の安定と向上に資するための支援、就労の支援、経済的支援等の施策を、子どもの現在及び将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現することを旨として、子ども等の生活及び取り巻く環境の状況に応じて包括的かつ早期に講ずることにより、推進されなければならない。
 3 子どもの貧困対策は、子どもの貧困の背景に様々な社会的要因があることを踏まえ、推進されなければならない。
 4 子どもの貧困対策は、国及び地方公共団体の関係機関相互の密接な連携の下に、関連分野における総合的な取組として行われなければならない。

(国の責務)
 第3条 国は、前条の基本理念(次条において「基本理念」という。)にのっとり、子どもの貧困対策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。

(地方公共団体の責務)
 第4条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、子どもの貧困対策に関し、国と協力しつつ、当該地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。

(国民の責務)
 第5条 国民は、国又は地方公共団体が実施する子どもの貧困対策に協力するよう努めなければならない。

(法制上の措置等)
 第6条 政府は、この法律の目的を達成するため、必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講じなければならない。

(子どもの貧困の状況及び子どもの貧困対策の実施の状況の公表)
 第7条 政府は、毎年一回、子どもの貧困の状況及び子どもの貧困対策の実施の状況を公表しなければならない。

第二章 基本的施策
(子どもの貧困対策に関する大綱)
 第8条 政府は、子どもの貧困対策を総合的に推進するため、子どもの貧困対策に関する大綱(以下「大綱」という。)を定めなければならない。
 2 大綱は、次に掲げる事項について定めるものとする。
 一 子どもの貧困対策に関する基本的な方針
 二 子どもの貧困率、一人親世帯の貧困率、生活保護世帯に属する子どもの高等学校等進学率、生活保護世帯に属する子どもの大学進学率等子どもの貧困に関する指標及び当該指標の改善に向けた施策
 三 教育の支援、生活の安定に資するための支援、保護者に対する職業生活の安定と向上に資するための就労の支援、経済的支援その他の子どもの貧困対策に関する事項
 四 子どもの貧困に関する調査及び研究に関する事項
 五 子どもの貧困対策に関する施策の実施状況についての検証及び評価その他子どもの貧困対策に関する施策の推進体制に関する事項

 3 内閣総理大臣は、大綱の案につき閣議の決定を求めなければならない。
 4 内閣総理大臣は、前項の規定による閣議の決定があったときは、遅滞なく、大綱を公表しなければならない。
 5 前二項の規定は、大綱の変更について準用する。
 6 第二項第二号の「子どもの貧困率」及び「一人親世帯の貧困率」、「生活保護世帯に属する子どもの高等学校等進学率」、「生活保護世帯に属する子どもの大学進学率」の定義は、政令で定める。

(都道府県子どもの貧困対策計画)
 第9条 都道府県は、大綱を勘案して、当該都道府県における子どもの貧困対策についての計画(次項において「計画」という。)を定めるよう努めるものとする。
 2 都道府県は、計画を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。

(教育の支援)
 第10条 国及び地方公共団体は、就学の援助、学資の援助、学習の支援その他の貧困の状況にある子どもの教育に関する支援のために必要な施策を講ずるものとする。

(生活の支援)
 第11条 国及び地方公共団体は、貧困の状況にある子ども及びその保護者に対する生活に関する相談、貧困の状況にある子どもに対する社会との交流の機会の提供その他の貧困の状況にある子どもの生活に関する支援のために必要な施策を講ずるものとする。

(保護者に対する就労の支援)
 第12条 国及び地方公共団体は、貧困の状況にある子どもの保護者に対する職業訓練の実施及び就職のあっせんその他の貧困の状況にある子どもの保護者の自立を図るための就労の支援に関し必要な施策を講ずるものとする。

(経済的支援)
 第13条 国及び地方公共団体は、各種の手当等の支給、貸付金の貸付けその他の貧困の状況にある子どもに対する経済的支援のために必要な施策を講ずるものとする。

(調査研究)
 第14条 国及び地方公共団体は、子どもの貧困対策を適正に策定し、及び実施するため、子どもの貧困に関する調査及び研究その他の必要な施策を講ずるものとする。

第三章 子どもの貧困対策会議
(設置及び所掌事務等)
 第15条 内閣府に、特別の機関として、子どもの貧困対策会議(以下「会議」という。)を置く。 (以下 略)

(組織等)
 第16条 会議は、会長及び委員をもって組織する。
 2 会長は、内閣総理大臣をもって充てる。
 3 委員は、会長以外の国務大臣のうちから、内閣総理大臣が指定する者をもって充てる。(以下 略)

 2019年6月の改正では、第1に「ひとり親世帯の貧困率」、第2に「生活保護世帯の子どもの大学進学率」の二つの指標についての追加が盛り込まれた。
 このことは親の収入についての支援策も講じるということであり、特に貧困世帯のうち母子世帯が90%であることから女性の賃金格差の問題も解消されなければならないだろう。
 ただし、支援団体らが要望していた、子どもの貧困率などを改善する数値目標の設定は見送られた。貧困率改善の数値目標は原案に盛り込まれたが、貧困率が可処分所得だけを基に計算することへの疑問が示され、取りまとめ段階で削除されたという。
 結局、このように数値目標を設定されなかったことから、この法律の実効性は疑問であろう。実は政府は、2000年(平成12年)の男女共同参画推進本部の決定において、2005年(平成17年)度末までのできるだけ早い時期に女性の国家公務員、女性の地方公務員、政治などあらゆる分野における方針決定過程への女性参画などの割合を「30%」にするという目標を掲げた。しかし、この数値目標はまったく実行されなかった。20年経った現在も数値目標は達成されていない。このことから政府は数値目標を掲げることを断念したと思われる。
 子どもの貧困は、今まさに起きている社会的に喫緊の政治課題であるから、即刻解決することが必要だと思う。
 日本国憲法の前文には「われらは平和を維持し専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と宣言している。ここにいう「欠乏」とはまさしく「貧困」をいう。
 そして、この前文を受けて憲法25条では「すべて国民は健康で文化的な生活な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面において、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定している。
 世界人権宣言の前文では「恐怖及び欠乏のない世界の到来が一般の人々の最高の願望として宣言されたので」とした上で、その25条において「すべての人々は衣食住、医療及び必要な社会的施設等により自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利、並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、老齢その他不可抗力による生活不能の場合は保障を受ける権利を有する。母と子は特別の保護及び援助を受ける権利を有する。すべての児童は嫡出であると否とをとわず同じ社会的保護を受ける」と定めている。1948年12月10日の第3回国連総会にて採択された「人権に関する世界宣言」である。これはいわゆる条約ではないので参加国を拘束するものではないが、日本もこの宣言を受け入れ毎年12月10日までの1週間を「人権週間」を設定した。
 さらに国際人権規約のうち経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約でも、9条の社会保障の権利、10条の家族・母親・児童の保護、11条の生活水準についての権利、12条の無償の義務教育確保のための計画などとして規定している。1966年12月16日、第21回国連総会で採択され、1976年に発効した。日本はこれを1979年に批准している。
 さらに、子どもの権利条約27条では「締約国は児童の身体的、精神的、道徳的及び社会的な発達のための相当な生活水準についてのすべての児童の権利を認める」と規定している。1989年11月20日、国連総会で採択され、1990年9月発効し、1994年4月22日に日本は批准し、同年5月22日から国内で効力が発生した。
 このように、子どもの貧困、一人親世帯の貧困をなくすことは、憲法、世界人権宣言、国際人権規約、児童権利条約などが政府に要求した重要な課題であって、これらの条項を遵守することは日本国民に対する約束であるばかりか、国際的な約束である。
 政府が国民、就中子どもと母親についての貧困状況を放置することはまさに憲法違反ないし条約違反と思われる。
 安倍内閣は、2019年7月の参議院議員選挙の後、憲法9条の改正はなんとしても在任中に見通しを付けたいとの強い意欲を示しているが、子どもの貧困問題は、在任中には解決する気がないのだろうか。今年6月、せっかく「子どもの貧困対策推進法」が改正されたのであるから、「世界に名誉ある地位を占める」ためにも、貧困問題は即刻解決すべきではないか、と私は思う。