1,はじめに

  2024年7月から開催されたパリ・オリンピックでは、国際問題などさまざまな問題点が浮かび上がったが、その一つとして、女子ボクシングにおいて2名の選手につき性別騒動があり混乱をもたらした。そのため当事者に対するSNSによる誹謗中傷があり、刑事告訴の問題になっている。

2,2人の問題

  2人とは、女子66キロ級に参加するイマネ・ヘリフ(アルジェリア)、女子57キロ級に参加するリン・ユーチン(台湾)である。

 ネット情報では、IBA(国際ボクシング協会)は、この2名について「2023年3月の世界選手権の性適合検査で、2人の染色体はXYで、テストステロン濃度が高いためDSD陽性と判定し、2名を失格とした。」という。ところが、IBAの組織上の問題(暴力団組織との関与、麻薬、賄賂など)により,2023年6月、IOC(国際オリンピック委員会)はIBAに対して、ボクシングの競技総括団体としての認可を取り消した。そのためIBAは、オリンピックにおけるボクシング競技に関与することができなくなった。

 他方、IOCが、この2人について「2選手は女性として生まれ育ち、女性としてのパスポートを持っている」との見解から、今回のオリンピック参加を認めた。

  この2名の試合状況をみると、ヘリフは7月31日アンジェラ・カリニ(イタリア)と対戦したが、開始後わずか46秒でカリニは棄権した。カリニはいきなりヘリフから強烈な顔面パンチを受け鼻が折れるような痛みを感じ、命の危険を感じたので,棄権したという。実際の画像をみても2人の体格差は歴然としている。またヘリフの通常生活の画像も紹介されているが、まさに顔つき、骨格すべてが男性そのものである。なおヘリフの身長は178センチだとの報告もある。

 他方、リンは、準決勝ではエシュラ・カラフマン(トルコ)に対し5対0のフルマークでの判定勝ちとなったが、同選手はリングを去る前に、準々決勝でリンに敗れたスベトラーナ・スタネワ(ブルガリア)と同じく、2本の指で「X」を作った。ブルガリアの選手のコーチは試合後、この指のXについて「私は女性とだけ闘いたいという意味。これは多分、このトーナメントに参加しているすべての女性ボクサーからのメッセージです」と伝えたという。リンの画像もあるが、対戦相手の女性ボクサーより身長が高く、男性としての骨格筋肉を有していることが分かる。

  そして2人は予想どおり金メダルを獲得した。

3,DSDとは

  DSDとは「性分化疾患」(Differences of Sex Developmento)をいい、医学的には複雑な形態があるとされている。

  この疾患は、陸上スポーツの分野で表面化した。

  南アフリカのキャスター・セメンヤは、2009年の陸上女子世界選手権で金メダル、2012年のロンドン・オリンピックの800メートルで金メダル、2016年のリオデジャネイロ・オリンピックでも800メートルで金メダルを取るなどしたうえ、2位の選手と格段に異なる世界最高のタイムをたたきだした。

 他方、セメンヤの筋肉質の体格、骨格、声などはまさに男性そのものだったので、医学的な検査が行われた。その詳細は報道されていないが、「体内には卵巣と子宮が存在していないこと、精巣があること、通常の女性の3倍のテストステロンを分泌していること」が判明し、「DSD」の疾患を有していることが報じられたという。

  私は医学には無知なので、ネットから得られた情報によって考えると次のようになると思われる。

 X染色体とY染色体のうち、性別に関与するのはY染色体だけである。Y染色体は、受精卵ないし胎児が女性になることを妨害する機能をもつ。Y染色体は、胎児中に精巣を作り、精巣からはアンドロゲン(テストステロン、男性ホルモン)が分泌する。さらに、ウォルフ管という男性の内性器の元となる臓器の発生を促し、精巣を陰嚢内に下降させ、陰茎と陰嚢の男性の外性器を形成する。しかし、精巣が十分に機能しないと、男性内性器が形成されず、性腺が下降せずに腹腔内にとどまり、外性器の男性化が生じない。

  他方、Y染色体が存在しないと、精巣がないので、胎内で女性型の女性器(卵巣、子宮、膣など)が形成されるのであって、卵巣の機能とは関係なく性別は決まるそうである。

  なるほど、そうすると男性に乳首らしいものがあるのは、胎内にいるときに、乳腺まで

精巣の働きがとどかなかったということかもしれない。

  要するに、DSDとは、精巣の機能が不十分なために男性の外性器が形成されず、そのため出生時の外観から「女性だ」と誤信される疾患だと思われる。もちろん、この疾患にはいろいろなレベルがあるので、外性器における多様な外観があるそうだ。

  なお、ネットでは、「この2人はトランスジェンダーではない」という意見もあるが、これは、トランスジェンダーの定義が明確ではないところに由来すると思う。私が読んだ本の限りでは、トランスジェンダーとは「生まれた時の性と自認する性に違いがある」、「戸籍上の性と自認する性に違いがある」とされているが、生まれた時には股間の外観を目視する方法によるので、医学的には不正確な判断である。従って、「生物学的な性と自認する性の違い」と再定義すれば、DSDの場合も広い意味のトランスジェンダーではないかと、考える。

4,世界陸上連盟の決定

  すでに、私の2023年7月のトランスジェンダーとスポーツ(その1~3)で紹介したが、2023年3月24日、世界陸連(WA)は、同年3月31日以降はトランスジェンダーの女性が国際大会で女子カテゴリーに出場するのを禁止し、オープンカテゴリーを用意した。実は、それまでの規則では、トランスジェンダーの女性は競技前の1年間、血中のテストステロン(男性ホルモン)を1リットル当たり最大5ナノモルに抑えれば、女子カテゴリーに出場できたが、昨年3月にこれを完全に禁止したのである。

 会長のセバスチャン・コーは、「異なる集団間でニーズや権利が対立する場合、決断は常に困難だ。だが、何よりも女性アスリートの公平性の維持が必要だという見解は変わらない」、「身体的パフォーマンスや男性がどのように有利なのかについて、科学は今後数年間で必ず発展し、私たちの指針となるだろう。証拠が増えれば、私たちは方針を見直す。だが、最も重要なのは陸上競技における女子カテゴリーの公正だ」とした。

  この2023年3月には、世界陸連は、性発達が一般と異なる性分化疾患(DSD)の選手についても、血中テストステロン値の上限の引き下げを決議した。南アフリカのキャスター・セメンヤ選手などが対象になった。

 それまでは、DSDの選手が国際大会の女子カテゴリーに出場するための血中テストステロン値の上限は1リットル当たり5ナノモルだったが、今後はそれが1リットル2.5ナノモルに引き下げられ、その上限を超えない状態を2年間維持することが出場の条件となる。

 なお、この制限は「XY染色体を有する生来の女性」を対象としている。

  それまでの規定では、DSDの選手は400メートルから1マイル(約1600メートル)までの種目では、テストステロンを6ヶ月以上継続して5ナノモル以下に維持してきた場合に制限されていたが、それがさらに厳しくなった。それ以外の種目で競技しているDSDの選手は暫定規定によって、新たな基準をクリアするまで半年間以上、テストステロン値が1リットル当たり2.5ナノモルを超えなければ、出場が認められるそうだ。

 ネットによると世界陸連のコー会長は、今回のICOの決定を批判したという。

  以上から、今回の女子ボクシング競技における性別騒動は、IOCがIBAだけではなく,世界陸連や世界水連などの他種目競技における性別の基準規定をまったく無視したことが原因であると考える。ちなみに、ヘリフに対してSNS上、たくさんの誹謗中傷があったとされているが、彼はIOCの判断に従っただけなので、なんの責任もない。その責任はIOCが負うべきである。

  なお、今回のパリ・オリンピックの閉会に当たって、IOCのトーマス・バッハ会長が、それまでは続投論があったにもかかわらず、2025年3月の任期終了による引退を突然表明した。次期会長には、セバスチャン・コー等が立候補するという。

5,女性枠のみの多様性

  世界陸連や世界水連などが、2023年6月にトラスジェンダーの女性枠参加を禁止し、またDSDの女性枠参加を制限するまでは,スポーツの女性枠には、トランス男性(体が女性),トランス女性(性自認が女性)、DSD(生まれた時の記録が女性)の参加が認められていた。

 女性枠はなんと性の多様性に満ちているのだろう!

 そして女性に対してのみこれらの類型に対する「寛容性」が要求されている。

  他方、男性枠には、トランス男性(性自認が男性)、トランス女性(生まれた時から体が男性),DSD(生まれた時の記録が男性)が参加を求めることは、まったくない。

 なぜなのかを考えればすぐに分かる。

 これらの3類型の選手では、男性枠で競技しても到底勝利することができないと初めから分かっているからである。他方、これらの類型の選手なら女性枠ではほぼ間違いなく優勝し賞金を獲得し、有名になることができる。ちなみに、トランス男性は、体は女性であってもトランス治療のために男性ホルモンを摂取しているので、テストステロン値が高く、筋肉などが通常の女性に比して強いのである。

 つまりスポーツにおいては「性自認」ではなく,生物的な体格や身体能力で優劣が決まるのであって、このことは当然である。だから彼ら「彼女ら」は、女性枠に対してだけしか興味がないのであろう。

  イマネ・ヘリフやリン・ユーチンの優勝は,出身国によって熱狂的に受け止められた。 しかし、ヘリフのアルジェリアやリンの台湾の女性ボクサーは心から喜んでいるのだろうか。ボクシング競技の国内における対戦あるいは興業にあたって、仮に相手がDSDの女性、あるいはトランス女性だと分かれば、頭や顔面に強烈なパンチを受けるであろうことは容易に推測できる。決して彼らに勝つことがないことも分かる。また当たり所が悪ければ、そのまま死ぬかも知れないという恐怖があるはずである。そのことは今回の試合の状況から容易に想像することができよう。従って、冷静で合理的な判断力があれば、女性ボクサーは事前に対戦を拒否するだろう。

  今回のパリ・オリンピックにDSDの2人が参加したことによる一番の被害者は、オリンピックに出場することができなかったアルジェリアや台湾の女性ボクサーであり、また、DSDの2人と対戦せざるを得なかった他国の女性選手だったと考える。

以 上