1,はじめに
イタリアは、かつてはカトリックの影響により離婚が禁じられていたが、1970年に離婚が認められた。しかし離婚前に数年間別居することが条件とされ、別居期間は当初5年間だったが、1987年に3年間に短縮され、2015年には6ヶ月にまで短縮された。
離婚後の親子関係については、1987年の改正によって、原則は単独親権であるが、例外的に「共同監護」(affidamento congiunto)、「交互監護」(affidamento alternato)での「共同親権」が認められた。さらに2006年には「親の別居及び子の共同分担監護に関する規定」により「共同分担監護」(affidamento condiviso)が原則とされた。
「共同監護」は、裁判官の広範囲な裁量に委ねられたこと、「交互監護」は,子の情緒的不安定をもたらす欠点があるということから、これらの制度がなくなったということである。
ところで日本では民法で「共同親権」という言葉を使っているが、イタリアは少し違っている。親権(potestà dei genitori)という言葉はあるものの、その内容は「子を扶養、訓育、教育する親の義務」が中心なので、親責任(responsabilità genitoriale)が強調されている。よって「共同親権」という日本の概念では正確な理解をすることはできないと思われる。また、イタリアでは、別居と離婚後における場合の共同監護上の区別はなく、統一して適用されるとのことである。
なお、法律の詳しいことは、元柘植大学教授椎名規子氏の「イタリア親権法」「イタリアの親権(親責任)に関する法制度」をお読みいただきたい。
最近、イタリアに在住している知人から、ある夫婦の離婚と子の監護についての判決を入手したとの連絡があり、その判決を読むことができた。これによって、離婚後の共同監護のケースを具体的に知ることができると考えたので、一部紹介したい。
この判決では、「原告」とか「被告」ではなく、当事者の固有名詞で表現されているので、この報告でも、次のように、全部仮名とした。
M(マリコ、日本人女性、Pの妻、Fの母親、ミラノ在住)、P(ピエトロ,イタリア人男性、Mの夫、Fの父親、パレルモ在住)、F(ファビオ・タロウ、MとPの間の子、4歳、Mと同居)。なお、「M」はmadre(母親)、「P」はpadre(父親)、「F」はfiglio(息子)から取った。
判決文は全体で13ページあるが、日本でいう主文(原文はP.Q.M.)に当たるのは、11ページから始まり、主文に該当する記載は12項ある。なので主文に限って紹介したいと思う。なお,日本とイタリアでは制度や名称が異なるので、私なりの意訳であるからお許し頂きたい。
さて、「裁判所が次のように処する(決定する)」という文章の後に続いている項目を紹介する。ただし、「主文」という単語は便宜的に付けただけですのでお許し下さい。
2,主文1項について
「20●●年に日本で婚姻登録したMとPについて別居することを宣言(宣告)する」
なお、MとPはその後、イタリア政府に婚姻の事実を登録している。
3,主文2項について
「別居の原因責任についての非難は却下する」
4,主文第3項について
「未成年のFについては両親二人が共同して監護する」
「共同して」の原文は「congiuntamente」。
「監護する」の原文は「affida」であるから、一般的な意味合いとしては、信用する,信頼する、委託する,委ねる、ということである。
5,主文第4項について
「以下のことを自由に行う権限を母親Mにだけに与える。学校・教育の必要性に関する決定、健康及び学校外活動に関する決定、Fの利益ために必要と思われる判断のすべてに関すること。さらに健康及び学校教育の権限については、母親は父親に対して、母親が任された決定の情報を伝え,通知する義務を負う」
「母親にだけ」の原文は「in via esclusiva alla madre Mariko」となっている。「esclusiva」は、排他的、独占的であることを意味するから、父親の同意が無くても母親の判断のみで実行可能だということであろう。
「自由に」行うの原文は「in autonomia」である。「autonomia」は、自治、自主性、独立性などを指すが、「autonomia di pensiero」は「思想の自由」と訳されているので、これに倣った。
母親に与えた「権限」の原文は「poteri」である。権利というイタリア語は「diritto」なので、この場合は事実上の影響力を意味する「権限」と訳した。
「学校・教育に関する」が、どこまで含むか分からないが、18歳で成年になるので、大学については子どもが一人で決定することができることと思われる。
「学校外活動」の原文は「attività extra curricolari」なので「学校のカリキュラム外の活動」と理解した。イタリアでも空手、水泳など日本のいわゆるまる○○スクールに通わせることは結構あるそうだ。なお、イタリアには日本の学習塾に相当するものはないそうである。
母親の父親に対する連絡義務については、その方法や時期についてなにも記載がないので、決定して実施した後にメールなどで連絡することも可能ではないかと思われる。
イタリアでは未成年の子が幼い場合には、母親に監護を委ねるケースが多いと聞くが、このように母親に教育、健康など幅広い決定権を与えた理由としては、おそらくイタリアでは、教育や医療について無料であるということが大きく影響していると思われる。
6,主文第5項について
「子Fの主要な配置を母親Mの家にすること、子の登録上の住所を母親の場所にすることを命じる」
「配置」の原文は「collocamento」。物の配置だけでは無く、人の場合もこの言葉が使われるようで、「里子に出す」とは「collocamento in affido」と言うそうだ。適切な日本語が思いつかなかったので、ご容赦いただきたい。
7,主文第6項について
「母親Mが未成年の子と一緒にイタリアの他の州に転居することを許可する。但し、登録上の新しい住所を父親に連絡する義務を伴う」
許可された転居の地理的範囲はあくまでもイタリア国内に限定されているので、MがFを連れて日本に帰ることはできない。
また、仮に別居・離婚の理由がPのMに対する暴力であった場合には、MとFの新住所をPに知らせる義務があるかどうかは不明であるが、このケースでは,主文第2項によって別居の原因となった責任を問わないとされているので、いわゆるDVとは関係のないケースとして扱われたと思われる。
8,主文第7項について
「次の方法によって、父親との面会の日程を規則化すること
①父親は子のFと、月に2週間の週の終わりに、隔週、木曜日の夕方19時から日曜日の17時まで共に過ごすこと。但し、両親と子の利益が両立するような、これとは違った合意がある場合を除く。子はパレルモの飛行場に母によって連れて行かれる、母によってミラノに戻される。
② 夏季休暇期間中は、両親は二人とも子どもと共に、連続するしないにかかわらず、15日間を過ごすことができる。但し、他方の親に2ヶ月前に事前通知をすること。さらに、15日間の他に、以前の15日間と連続的でない更に1週間子供と過ごすことができる。
③クリスマスの期間は、12月24日から12月30日までの期間と12月31日から1月6日までの期間に分割し、双方が毎年交互に交代で子と一緒に過ごす。
④両親は、子の誕生日について、毎年交互に子と過ごす。
⑤父親は毎日19時に10分間、子の要求に合致する場合に、子とビデオ通話することができる。 」
①の面接交渉については、父親は1月に実質3日間)、2度、つまり実質6日間、子と過ごすことができることになる。しかし、MとPの住所は結構離れているので、母親Mは、飛行機を予約して子をミラノからからパレルモまで連れて行く,逆にパレルモからミラノに戻るという作業をしなければならない。従って、時間的にも大変なことだと思う。特にMが仕事を持っている場合には、4週間に往復時間を含め4日間は子の送り迎えに使用されるので、勤務上のシフトを調整することになろう。また父親も1ヶ月に8日間自宅に子がいるとすれば、やはり日程調整が必要になる。ただ、判決文とは異なる合意をすることができるので、具体的にどのような方法が採用されるかは、知りたいところではある。
ちなみにイタリアの義務教育は6歳から始まり(日本より1年早い)、かつ授業は通常月曜日から土曜日まである。初等教育前については、ゼロ歳から2歳までは保育園(asilo nido)、3歳から6歳までは幼稚園(scuola dell infanzia)とされ、国公立では学費無料である。よって、この判決は、学校に上がる前の年令の子についてのことだと思われる。従って、子どもが学校に通うようになった場合、別の合意をする必要があるのだろう。
②の夏季休暇であるが、15日間の外にさらに1週間、合計3週間を認めている。その3週間の内に15日間は連続して過ごさなくても良いが、追加した1週間は連続的だと言うことである
イタリアでの事情は日本とは異なる。イタリアの義務教育は6歳から16歳までの10年間であり、日本よりも1年早く、1年長い。また学校の授業は9月中旬頃に始まり翌年6月中旬頃に終わり、2学期制だそうだ。なので学校は通常6月10日から9月15日まで約95日間の夏季休暇と2週間のクリスマス休暇がある。他方、労働者も企業によるが2週間から1ヶ月の休暇があるそうだ。なので,イタリアでは、この判決の15日或いは21日という日数は問題にはならないのだろう。なお本件のように子が学齢に達していない場合は、夏休みはより長期間取得が可能なのかもしれない。
日本の学校の夏休みは7月下旬から8月末までの40日間程度のことろが多く、しかも労働者などでは盆休みしかない企業もある。
③について、イタリアの学校では冬休み2週間あるものの、労働者の休日は2週間もない企業が多いと聞く。特にクリスマスは,イタリアにもクリスマス商戦があるようで、MやPの両親の仕事によっては、この期間に子どもとずっといることは難しいかもしれない。
④の子の誕生日は1日しかないので、ミラノとパレルモという遠距離で、母親MがPの所にその日だけ連れて行くのは、1年おきだとしても手間と費用が係ると思われる。実際にどのようにするか思案のしどころだと思われる。
⑤の条項については、確かに現在では、スマホによりお互いの顔を見ながらの話ができるので、面接も容易になったと思う。しかし毎日19時という指定があると、まだ夕食や入浴の最中とか考えられるので、柔軟に対応するしかないだろう。母親と父親の生活習慣や意見が違うとき、具体的にどう解決するか、悩ましいと思われる。
母親の自由な決定権の範囲の広さについても驚いたが、イタリアと日本では、学校の休暇日数など大きな違いがあるので、イタリアの制度をそのまま導入することが困難ではないか、と思う。
但し、労働者の状況については、2024年のデータブック国際比較によれば、2022年の日本の労働者の平均年間労働時間数は1626時間、イタリアは1563時間となっているし,年間休日数については日本は137.6日、イタリアは139日である。
以上のようにイタリアと日本では事情が異なるが、判決は、父親Pの面会交流については、しっかりと認めている。単純に概算で計算しても、①は、6日×12ヶ月=72日、②は22日、③は7日あるので、計101日である。1年間365日の3分の1弱に相当する。このようにイタリアでは「共同分担監護」として父親に1年の約3分の1に相当する日数を認めている。このことは重要な点だと思われる。
また、⑤のように毎日10分のビデオ通話が認められているが、子どもが成長して、もっと話せるようになったり、あるいは子が自分で通信機器を操作することができるようになれば、母親がいなくても、自主的に父親と会話することも可能になるだろう。
9,主文第8項
「父親Pは子Fを養育する母親Mに毎月5日までにFの援助として養育費を支払うことによって協力する義務を負う。毎月の総額は350ユーロとするが、ISTAT(Istituto Centrale di Statistica 政府中央統計局)の指針により1年毎に再評価する。さらに、これとは別にCNF(Consiglio Nazionale Forense全国弁護士協会)のガイドラインによって臨時支出の50%を支払うこと」
養育費の支払い義務については、双方の支払能力などが考慮されるが、だいたいの基準があるそうだ。350ユーロは、1ユーロは150円とのレートで換算すると、5万2500円くらいになる。日本と違うのは、さらに臨時支出についての負担義務があることだ。CNFのガイドラインとは、各地の弁護士会で日常的な養育費や臨時的な養育費などを調査し、それを管轄する裁判所に報告するシステムらしい。例えば、パレルモの裁判所で検索すると「子の養育の臨時支出に関する文書」というのが公表されており、どのような支出が臨時的かなど列挙されている。
10,主文第9項
「マリコは子を監護する親として、INPS(全国社会保障保険公社)から支給される手当を、子Fの利益だけのためにおいて、完全に受領することになるよう命じる。」
INPS(Istituto Nazionale Previdenza Sociale)から支給される養育支援手当が幾らであるかは不明だが、ここで重要なのは、Mが受給した養育支援手当を子どものためにしか消費してはいけけないということだろうか。
INPSから幾ら支給されるか不明であるが、このような制度は日本にはないと思われるので、子を養育する母親には,嬉しい制度である。
11,主文第10項
「未成年F、20●●年●月●日に●●で出生した子、を国外出国を禁止するよう命じる。2018年の1862号のEU32条の規定に従い上記の未成年の子の前述のデータを、出国禁止の記載とともにSIS(Sistema Informativo Schengenシェンゲン協定情報共有システム)に記録されることを命じる。以上の措置は、SISのデータに掲載するために、直ちにパレルモ警察署から公式発表されることを命じる(そして、パレルモ警察署から内務省の部局に伝達される)」
現在シェンゲン協定は欧州連合のうち29ヶ国が加盟し、圏内においては各国のパスポートがなくても自由に出入りできるシステムである。
なお、未成年の子に関する情報であるが、氏名、成年月日、出生地の3つになっており、性別の項目が存在しないように思うが、イタリア語では、「生まれた」という語について、男なら「nato」女なら「nata」とあるので、敢えて性別を記載しなくても判別できるのである。この事実は日本人には分からないところだ。
12,主文第11項
「政府警察及び関係当局は、未成年Fの出国に関する身分証明書を回収するよう命じる。(イタリアのパスポート、日本のパスポート、さらに、もしあるならば、出国するのに有効な身分証明カードも) 」
前項のように未成年Fはそもそもイタリアから出国することができないので、出国に必要なパスポートなどを全部、取り上げるという命令である。
従って、MもPも子Fを連れてイタリアの国外に連れて行くことはできなことになる。
13,主文第12項
「訴訟費用を完全に支払え」
14,感想
本件は、未成年の4歳の学齢前の子で、また夫婦間にDVがないとされるケースである。しかし、このケースで母親に子と同居して全面的に監護する権限を認めているのは、日本でいう離婚後の単独親権の実態に似ているように思われる。また、母親が学校や医療について専権を持っているのは、イタリアでは基本的にこれらが無料であるなど社会福祉の基盤が充実しているたけだと思われる。
父親にも子の監護する権利があるとすれば、子の面接交渉の日数が年間100日程度ある認められていることだろう。この日数は、日本での面接交渉の日数よりは多いのではないかと思われるが、これが可能になるのは、イタリアの学校の夏季休暇が日本よりも長いことが大きく影響していると思われる。
以 上