3.ローマ法における婚姻制度
先に示した本を読むと、いきなり「所有権訴訟」という項目がでてくる(ローマ法の歴史p11)。おそらく、当時各種の権利義務があったと思われるが、所有権は非常に重要な概念だったのであろう。そして、この項目で紹介されているのが、「私は、この奴隷がローマ市民法によって私の物であると主張する」という奴隷の所有権者を巡る訴訟である。
ところで、ローマ法では、所有権の対象になる「物」とは、2種類あり、第1に、ローマの領土内の土地、自由・非自由人、牛、馬、ロバ、ラバで、これらは一定の儀式を経ないと所有権を移転することはできなかった。第2は、それ以外のすべての物(小家畜、無生物のすべての動産)で、これらは単なる引渡し行為によって所有権が移転するとされたそうだ(同書p15)。なるほど、ここでは、人間も所有権の対象だったのである。
ちなみに、古代ローマには奴隷制度があり、「奴隷」と「奴隷ではない人間」に2分され、さらに奴隷ではない人間は「市民」と「非市民」に分類されていたらしい。市民権を持つ者は、政治参加の権利を有する一方、軍務につく義務を負っていた。なので女性は当然のこととして市民権は与えられなかった。他方、奴隷の男性は一定の条件を満たせば解放奴隷となったり、時には市民権を持つことができたという。
ローマ法には、2つの形式の婚姻締結があったとされている。第1は、貴族の行う「小麦パンによる婚姻」で、ユピテル祭官と10人の証人の前で小麦パンをユピテル神殿に捧げる形式らしい。第2は、平民の行う「売買婚」という形式で、新郎は5人の証人の前で銅片の量り売りで新婦の権力保持者から手権を取得したという(同書p27)。
なお、「手権」とは、物を手中にする権利をいうらしいので、今で言えば支配権とでも言ったら理解できるだろう。なお、その後、制度は変遷し、手権を伴わない婚姻は有効となったそうだ。
ローマ法においては「家族」は根源的な概念であって、家族とは、家長(家父長)、家母(家長の妻で夫の手権に服している人)、家息、家娘、孫男、孫女などから構成される。つまり、家族とは、家長である家父とその妻と子、その他の卑属及びその配偶者により構成される集団だとされる。
そして、「ローマ法によれば、家父長は自分の子と妻に対する完全な権力を有していた。この家父長権は、その権力に服している者を殺害し、懲戒し、追放する権利を含んでいた。つまり、家父長権に服している者は権利主体とはみなされず、私法上の行為はすべて有利不利とを問わず権力保持者にのみ効力を及ぼした」とされている(同書p25)。
また、「ローマ法における婚姻制度と子の法的地位」(椎名規子著)によると、家父長は、子を遺棄する権利、子を売却する権利などもあったという(同p59)。
このことは、例えば家父長である父親が生きているうちは、成人した息子であっても父長権の支配下にあり、従って、その妻となった女性も義父の支配下にあったことを意味する。さらには、仮に息子夫婦に子どもが生まれても、その子は、実父ではなく、祖父に当たる家父長権の支配下にあったのである。まさに3世代も4世代にも家父長権は及んだのであった。家父長権はその者が生きている間は続いたとされ、権力への服従は権力保持者である家長の死亡によって初めて終了した。
しかし、家父長の権力下にあることは、ローマ市民権を取得するためには不可決であったこと、また家父長の支配下であれば相続権などを取得することも可能であったことなどから、相応な利益もあったとされている。