2012年12月26日、安倍内閣が発足して以来、憲法改正論議がかまびすしくなった。すでに自民党は2012年4月に憲法改正草案なるものを発表しているが、安倍内閣は憲法全体の変更を容易にするため、まずは憲法改正手続きを規定した96条の変更をしようとしている。
憲法96条の改正問題については、日本弁護士連合会が本年3月14日に早々と「憲法第96条の発議要件緩和に反対する意見書」を発表している(関係リンク参照のこと)。
ところで、この意見書には「諸外国の憲法との比較」という項目があり、諸外国として、ルーマニア、韓国、アルバニア、ベラルーシ、フィリピン、アメリカ、ドイツ、フランスがあげられているが、イタリアについても「イタリアでは同一構成の議会が一定期間を据え置いて再度の議決を行い、2回目が3分の2未満のときには、国民投票が任意的に行われる」と紹介されている。
おそらくこの紹介では少し分かりにくいと思うので、イタリア共和国憲法(以下、単にイタリア憲法という)の改正に関する規定をそのまま紹介してみたい。
憲法138条
憲法改正法律及びその他の憲法的法律は各議院において少なくとも3ヶ月の期間をおいて引き続き2回の審議をもって議決される。そして第2回目の表決においては各議院の議員の絶対多数によって可決される。
前項の法律はその公布後3ヶ月以内に1議院の議員の5分の1、50万人の有権者または5つの州議会からの要求があるときは、人民投票に付される。人民投票に付された法律は有効投票の過半数で可決されない限り、審議されない。
第1項の法律が各議院の第2回目の表決において、その議院の3分の2の多数で可決されたときは、人民投票は行われない。
ここでいう「各議院」とは、「Camera dei deputati(カメラ・ディ・デプターティ)」という下院と「Senato della Repubblica(セナト・デッラ・レプッブリカ)」という上院(昔の元老院)の2つの議院であり、まとめて立法議会ないし国会を「Parlamento(パルラメント)」と称しているようだ。
この第1項にある「絶対多数」というのは数字で具体的に表現されているわけではないが、両院でそれぞれ「3分の2」の可決があった時には人民投票は行われないということだから、「絶対多数」というのは、3分の2以下の過半数をさすと考えられる。
ところで、日本では改正の発議要件のみが問題にされているが、イタリア憲法には憲法改正に関する規定がもうひとつある。
実は139条では「共和政体は、憲法改正の対象とすることはできない。」と規定している。例えば、共和国を君主国に変更することはできないというような主権ないし権力の所在を変更するという意味である。この規定は当然と言えば当然であるが、実は看過してはいけない重要な規定だ。
今回発表された自民党の改正草案では、「天皇は日本国の元首であり」と明記されているが、「元首」という用語は現在の日本国憲法では使用されていない。従って「現在の日本における元首は誰か」という解釈については学説上も混乱しており、統一的な考え方は存在していない。ただ、宮澤俊義教授は、「元首とは国の首長であり、主として対外的に国家を代表する資格を有する国家機関」と定義し、明治憲法では「天皇は国の元首にして、統治権を総覧する」と規定されていたので、明治憲法下の天皇がまさにこの「元首」であったとしていると指摘している。今回の自民党の草案は「天皇を元首とする君主制」を復活させる意図であることは明らかである。
従って、この自民党草案のような「天皇は元首である」とする案は、まさに政体を変更することなのであるから、イタリア憲法139条のような考え方から見れば、提案すること自体が違法なものとして許されることはないだろう。
ちなみにイタリア憲法では、その第87条で「大統領が元首(il capo dello Stato)である」と規定されているが、大統領は「国会議員の合同会議において国会により選挙される」とも規定されており、あくまでも共和制内での存在であることは確かだ。