先回みたようにイタリア共和国憲法は硬性憲法に入る訳であるが、憲法の改正に賛成する人は、「それでも硬性憲法をもつ諸外国では複数回改正しており、イタリアでも過去16回も改正してきたではないか。だから過去一度も改正されない日本がおかしい」と考えているようである。
 そこで、一度イタリア共和国憲法(以下、イタリア憲法という)の修正された条項を検討したいと思う。
 イタリア憲法は1947年12月に公布され、1948年1月1日に施行された。従って日本の憲法が1946年(昭和21年)に11月に公布され、翌1947年(昭和22年)5月3日に施行されたという経過に近似している。
 16回の改正は、以下のようである。

 1963年02月09日 両院の議席配分変更(56条,57条)、共和国上院の任期(60条)
 1963年12月27日 モリーゼ州の新設に伴う改正(131条、57条)
 1967年11月22日 憲法裁判所の裁判官の任期の短縮(135条)
 1989年01月16日 大臣の弾劾裁判制度の廃止及び大臣の犯罪の裁判管轄(96条、134条、135条)
 1991年11月04日 大統領が解散権を行使できる期間の緩和(88条)
 1992年03月06日 大赦及び減刑の法律事項への変更(79条)
 1993年10月29日 国会議員の不起訴特権の一部廃止(68条)
 1999年11月23日 州の自治権強化及び州知事直接選挙の導入(121条~123条、126条)
 2000年01月17日 公正な裁判の確保及び刑事被告人の権利保障(111条)
 2001年01月23日 在外選挙区の設置(48条)
 2001年01月31日 在外選挙区で選出された国会議員定数の確定(56条、57条)
 2001年10月18日 国と地方の関係の根本的改革(第2部5章)
 2002年10月23日 サヴォイア王家子孫の公民権剥奪及び男系子孫の帰国禁止規定の削除(経過規定)
 2003年05月30日 女性の政治参加促進策の合憲化(51条)
 2007年10月02日 死刑廃止導入(27条)
 2012年04月20日 憲法への均衡予算原則の導入及び財政権の政府権限強化(81条、97条、117条、119条)

 これら16回の修正の大部分がいわゆる「統治」に関する条項であり、人権に関すると思われるものは、少数に過ぎない。
 簡単に見てみた。

 2001年のイタリア国外にいる選挙人の選挙権に関する規定についてである。実は、このような規定は日本国憲法であれば憲法改正手続きではなく、公職選挙法を改正すれば足りる問題であって、現に1998年4月には公職選挙法の第4章の2として追加的に規定され、第30条の2以下の条文にて整備された。
 さらに2007年には死刑廃止規定が修正された。これは従来「死刑は、戦時軍法に定められる場合を除くほか、許されない」という規定であったものを、一切の例外を認めない死刑廃止としたものである。イタリアでは1947年に死刑が執行された以後は執行はなかったことから、この修正についてはほとんど反対論はなかったと聞く。ところで、刑罰に関しては日本国憲法では第36条で「公務員による拷問及び残酷な刑罰はこれを禁ずる」と規定されているに過ぎないので、例えばイタリアのように「死刑制度は採用しない」という方向で変更するためには憲法を改正するのではなく、「死刑は残酷な刑罰である」という理由で「刑法」を改正すれば足りることになっている。
2003年には女性の政治参画についての修正がなされた。これは人権拡充の方向での修正であるが、憲法第3条で「すべての市民は等しく社会的権威を有し、法律の前に平等であり、性、人種、言語、宗教、政治的意見、個人的及び社会的条件によって差別されない」と規定しているので、どのような理由で憲法を改正する必要があったか、不明である。なお、日本国憲法ではすでに第14条や第24条があるので、女性の政治参画積極策について憲法を改正する必要はないと思われ、現実に1999年には「男女共同参画社会基本法」という法律が不十分ながらも制定・施行されている。
 2000年には裁判に関する規定、111条が大幅に拡充された。新設された第1項は「裁判は法律に定められた適正手続きにより実現される」という規定であるが、その他の新設された条項は刑事訴訟における被告人の権利保護を目的としている。日本国憲法第31条では「何人も法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑を科せられない」と規定されているほか、刑事被告人の権利については第37条や第38条などで保障されている。
 このように見てみると人権に関する修正事項のうち日本の憲法でも改正を要する条項はほとんどないと言えるのではないだろうか。
 他方、統治に関する修正を見てみる。
 1963年の両院の議席配分変更というのは、イタリア憲法では56条で「下院は630議席」、57条で「上院で315議席」とそれぞれ議員数が規定されているための改正である。日本では両院の議席数は憲法43条によって「両議院の定数は法律でこれを定める」とされており、公職選挙法第4条で定数が規定されている。従って、定数を変更することは憲法改正事項ではない。
 同じく1963年のモリーゼ州の新設に伴う改正は,当然と言えば当然の改正だった。なぜならばイタリア憲法第131条では共和国を構成する20の州のすべてが列記されているからである。日本国憲法にはこのような規定は存在しないので、例えば沖縄が返還されて沖縄県になったときも憲法改正手続きはなかった。
 2012年の修正は、イタリアが財政危機に陥ったことから、欧州連合の財政基準と合致させるため憲法で規定されている予算や決算の方法を修正したものである。
 以上、簡単に概観したが、イタリアで行われた16回の憲法の改正とは言っても、現在日本で問題になっているような基本的な事柄ではなく、日本人が想像していた事柄と大きく異なっていたことが分かる。
 何でも単純に比較して論じることの危険性を感じた。