去年のことになりますが、性暴力についての刑法が2017年6月16日に改正され、同年7月13日から施行されました。
第176条
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以 上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対しわいせつな行為をした者も同様 とする。
第177条
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交または口腔性交(以 下、性交等)をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。
13歳未満の者に対し性交等をした者も同様とする。
第178条
1 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、または心神を喪失させ,若しくは抗拒不 能にさせて、わいせつな行為をした者は第176条の例による。
2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、または心神を喪失させ、若しくは抗拒不 能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。
第179条
1 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力がある ことに乗じてわいせつな行為をした者は、第176条の例による。
2 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力がある ことに乗じて性交等をした者は、第177条の例による。
以上の他、第181条(強制わいせつ等致死傷)、第229条(親告罪)、第241条(強盗・強制性交等及び同致死)などの条文も改正されました。
ところで、あまり知られていませんが、衆議院や参議院では「刑法の一部を形成する法律案に対する付帯決議」として次のような決議がなされ、特に参議院での付帯決議は9項目もありました。ただ、実はその後この付帯決議がどのように実施されているのか、積極的には公表されていないようです。
ちなみに参議院での2017年6月16日の付帯決議が次のようなものでした。
「政府及び最高裁判所は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をするべきである。
① 性犯罪は、被害者の心身に長年にわたり多大な苦痛を与え続けるばかりか、その人格や尊厳を著しく侵害する悪質重大な犯罪であって、厳正な対処が必要であるところ、近年の性犯罪の実情等に鑑み、事案の実態に即した対処をするための法整備を行うという本法の適正な運用を図るため、本法の趣旨、本法成立に至る経緯、本法の規定内容等について、関係機関等に周知徹底すること。
② 刑法第176条及び第177条における「暴行又は脅迫」並びに刑法第178条における「抗拒不能」の認定について、被害者と相手方との関係性や被害者の心理をより一層適切に踏まえてなされる必要があるとの指摘がなされていることに鑑み、これらに関連する心理学的・精神医学的知見等について調査研究を推進するとともに、これらの知見を踏まえ、司法警察職員、検察官及び裁判官に対して、性犯罪に直面した被害者の心理等についての研修を行うこと。
③ 性犯罪に係る刑事事件の捜査及び公判の過程においては、被害者のプライバシー、生活の平穏その他の権利利益に十分配慮し、偏見に基づく不当な取扱いを受けることがないようするとともに、二次被害の防止に努めること。また、被害の実態を十分に踏まえた適切な証拠保全を図ること。
④ 強制性交等罪が被害者の性別を問わないものとなったことを踏まえ、被害の相談、捜査、公判のあらゆる過程において、被害者となり得る男性や性的マイノリティに対して偏見に基づく不当な取扱いをしないことを、関係機関等に対する研修等を通じて徹底させるよう努めること。
⑤ 起訴・不起訴等の処分を行うに当たっては、被害者の心情に配慮するとともに、必要に応じ、処分の理由等について丁寧な説明に努めること。
⑥ 性犯罪が重大かつ深刻な被害を生じさせる上、性犯罪被害者がその被害の性質上支援を求めることが困難であり、その被害が潜在化しやすいという性犯罪被害の特性を踏まえ、第三次犯罪被害者等基本計画等に従い、性犯罪等被害に関する調査を実施し、性犯罪等被害の実態把握に努めるとともに、被害者の負担の軽減や被害の潜在化の防止等のため、ワンストップ支援センターの整備を推進すること。
⑦ 刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)附則第9条第3項の規定により起訴状等における被害者の氏名の秘匿に係る措置についての検討を行うに当たっては、性犯罪に係る刑事事件の捜査及び公判の実情や、被害者の再被害のおそれに配慮すべきであるとの指摘をも踏まえること。
⑧ 児童が被害者である性犯罪については、その被害が特に深刻化しやすいことなどを踏まえ、被害児童の心情や特性を理解し、二次被害の防止に配慮しつつ、被害児童から得られる供述の証明力を確保する聴取技法の普及や、検察庁、警察、児童相談所等の関係機関における協議により、関係機関の代表者が聴取を行うことなど、被害児童へ配慮した取組みをより一層推進していくこと。
⑨ 性犯罪者は、再び類似の事件を起こす傾向が強いことに鑑み、性犯罪者に対する多角的な調査研究や関係機関と連携した施策の実施など、効果的な再犯防止対策を講ずるよう努めること。」
まず重要だと思ったのは、この付帯決議は「政府及び最高裁判所」宛てになっているということです。性暴力については、行政だけでなく、なによりも司法が従来の扱い方についてしっかり反省して、犯罪の意味を認識しなければならないということでしょう。ちなみに第1項については衆議院の付帯決議では「関係期間及び裁判所の職員等に対して周知すること」となっています。各裁判所の職員に対して周知徹底はなされたのでしょうか。第2項についても「司法警察職員、検察官及び裁判官に対して性犯罪に直面した被害者の心理などについてこれらの知見を踏まえた研修を行うこと」とされていますが、裁判官に対する研修はどのような内容がどのような方法にて実施されたのでしょうか。
最近のニュースをみると、例えば伊藤詩織さんが告発した準強姦罪については不起訴処分となったということですが、第5項の「起訴・不起訴等の処分を行うにあたっては、被害者の心情に配慮するともに必要に応じ、処分の理由等について丁寧な説明に努めること」とあるにもかかわらず、実際はどうだったのか、などの疑問もわいてきます。
また昨年10月の座間市9人殺害事件ではマスコミは被害女性全員の年齢や氏名を顔写真付きで公表しました。被害女性は殺人だけではなく性暴力も受けていたとの可能性もあったことから、第3項の「性犯罪に係る刑事事件の捜査及び公判の過程においては被害者のプライバシー、生活の平穏その他の権利利益に十分配慮し」とされている規定が無視され、被害者家族の心情に対する配慮が欠けていたのではないかとの疑問もあります。
・・・などなど実施状況について、いろいろな疑問が出てきますが、実施状況をチェックする体制がどのようになっているかも不明ですね。
今回の刑法改正が、どれだけきちんと司法に理解されるのかを、チェックする責任は、我々市民にもあるかもしれないと思います。