「逃げるは恥だが、役に立つ」というドラマが人気を博し、東京ドラマアワード賞やコンフィデンスアワード賞など多くの賞をとりました。
 このドラマの興味深いところは、は35歳の独身男性(星野源)が、25歳の独身女性(新垣結衣)と契約結婚し、契約妻を住み込みで家事をさせ、対価として賃金を支払うというものです。法的には雇用契約ですね。そのためこのドラマでは「家事労働の対価」が大きな話題になりました。
 もちろん、このドラマは妻と称する女性に家事の対価としての賃金を支払うだけの余裕のある収入を得ている独身男性が主人公になっているので、そのような経済力のない男性には、あまり関係のあることではないでしょう。しかし、妻を専業主婦としている夫や、専業主婦として忙しい毎日を働いている妻にとっては、いろいろ考えさせることになったようです。
 ドラマの中で独身男性、つまり契約夫が対価を試算したときの台詞は次のようなものだったそうです。

「試算してみたんです。家賃、水道、光熱費等の生活費を折半した場合の収支。食事を作ってもらった場合と外食との比較。毎週家事代行スタッフを頼んだ時との比較。そしてOC法に基づいた専業主婦の家事労働時間は年間2199時間になります。それを年収に換算すると304万1000円。そこから時給を算出し、1日7時間労働と考えたときの月給がこちら。契約妻の生活費を差し引いた手取りがこちらで、健康保険や扶養手当を利用した場合の試算をしてみました。」

 この結果、月給は19万4000円ということです。
 ところで、台詞にでてくる「OC法」とは、内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部で無償労働の貨幣評価をおこなう際に用いる算出方法の一つで、機会費用法(Opportunity Cost method)というものです。説明によれば「家計が無償労働を行うことによる逸失利益で評価する方法である。無償労働を行った者の賃金率を使用するため評価額には、男女間の賃金格差などが反映し、無償労働の内容ではなく、誰が無償労働を行ったかで評価が変わりうる。賃金換算の際には厚生労働省:賃金構造の基本統計調査の産業計(性別・年齢階層別)所定内平均賃金率を用いる」とされています。
 つまり、性別による賃金率を採用するということは、日本における男女賃金格差をそのまま採用するので問題があるのです。ちなみに、2014年(平成26年)の賃金センサスをみると、35歳の男性の平均賃金は年収(毎月決まって支給する現金額+年間賞与額・その他特別給与額)にして527万6100円、25歳の女性のそれは341万9300円です。なお、35歳の女性の場合の年収は381万9700円ですから、相当に男女格差があります。
 なので台詞で「年収に換算すると304万円」というのは、賃金額が男性よりも低い女性の場合、つまり女性差別を前提とした数字でしかありません。
 もうひとつ、台詞で出てくる「専業主婦の家事労働時間2199時間」ですが、年間2199時間の労働は結構長いのです。厚生労働省の「女性労働の分析-2015年」によると、女性常用労働者1人平均月間総実労働時間(所定内労働時間+所定外労働時間)は124.8時間、男性の場合には160.7時間です。これを1年間に換算すると、女性は1497時間、男性は1928時間となって、年2199時間の労働は男性の労働時間よりも約270時間も長い長時間労働なのです。契約夫と契約妻は36協定も結ぶ必要がありますね。しかも、労働基準法では、時間外労働をした場合には割り増し賃金が支払われることになっているので、単純に時給×労働時間という計算は間違ってることになります。
 なお、平成25年6月に公表された内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部の「家事労働等の評価について-2011年データによる再推計」では、2011年の無償労働の貨幣評価額について、「OC法では女性の場合、専業主婦の無償労働評価額がもっとも高く、1人当たり年齢平均では304,1万円。1人当たり無償労働時間は、女性の場合、専業主婦は2199時間」と記載してあるので、ドラマでは、この論文を参考にしているものと思います。
 また、上記の契約夫の台詞では「1日7時間労働,年間2199時間」と言っているので、計算してみると、2199時間÷7時間=年間314日働くことになっています。週休完全2日の企業が多いことを考えると、1年間53週のうち夏季休暇や年末年始休暇などを除外しても、2日×53週=106日は休日ですから、年間の労働日数は365日-106日=259日しかありません。つまり契約妻が働くことを予定されている年間労働日数314日というのは、休日労働することを予定されている日数なのですね。
 なお、1時7時間ではなく1日8時間労働で計算したとしても、年間274日働くことになるので、やはり休日労働が予定されていることになります。
また住み込みであれば、実際に1日7時間という区切りが困難で、例えば、契約夫が残業で帰宅が遅くなり夕食時刻が遅くなるとか、夜中に病気になったときには医者に連れて行き看護するなどの場合も想定できます。またこのドラマでは子供はいないので、仮に契約夫に子供がいて育児の必要性があることなども考えると、育児の評価もしなければなりません。家事労働の評価は本当に難しいですね。
 女性の多くが担っている家事労働をどのように可視化して、経済的評価をするべきなのでしょうか。これからきちんと議論されるべきだと思います。
 ただ、私にはこのドラマの題名「逃げるは恥だが役に立つ」という意味が分からず、調べたところ、ウィキペディアには「恥ずかしい逃げ方だったとしても、生き抜くことが大切」という意味だと書いてありました。しかし、このドラマの2人の生き方のどこが恥ずかしいのか私には分かりませんでした。