1,ボクシングなどの格闘技

 2023年7月19日、日本ボクシングコミッション(JBC)は東京都内で理事会を開き、プロボクシングの元女子世界王者の真道ゴー選手(36歳)が性別適合手術後に男子のプロテスト受験を申請していたが、JBCは、この申請を認めないことが決まったという。
 真道ゴー選手は、1987年7月女性として生まれた。2007年にボクシングを始め、2011年に第2代の女子東洋太平洋フライ級王者になり、さらに2013年には第5代世界ボクシング評議会(WBC)の女子世界フライ級王者となった。2017年にボクシング界を引退し、2017年7月、性別適合手術を受け、戸籍の変更をして男性となった。現在は結婚し3児の父となったという。2022年4月、JBCに男子のプロテスト受験の申請を行ったので、昨春から諮問委員会などでこの問題を話し合ってきた。
 報道によれば、諮問委員会は、ジェンダー問題の研究家や、弁護士、医師らで構成され、真道選手の握力や垂直跳び、パンチ力などの体力測定をし、プロの男子選手の運動能力と遜色がないとして、「プロテスト受験を認めることは可能」と答申したが、今回はこの答申と異なる判断をしたという。
 そして、JBCが見送りを決めたのは、「ボクシングは頭部に打撃を与え、脳振盪(しんとう)を起こさせる競技であること、コンタクトスポーツの中でも危険度が高く、今でも世界のリングで時折、リング禍が起きている」とのことである。
 あるコミッションドクターは、「骨格の男女間の違いは、人種間の違いよりも顕著だ。頭蓋骨(ずがいこつ)は女性の方がきゃしゃにできている。同じリングに上げるのは慎重になる」と話す。
 このように先送りする一方、JBCは、この日、「トランス男子ルール」を策定し、「一定の運動能力が認められ、健康診断をクリアした場合は特別ライセンスを発行され、男子選手と試合形式のスパーリングを行うことができる。」ということである。

 2023年6月17日、プロボクシング国際ボクシング連盟(IBF)女子世界バンタム級王者のエバニー・ブリッジス(オーストラリア)は、ツイッターで「トランス女性が、シス女性相手の格闘技に出場することには絶対に同意しない」「私の命が危険にさらされる」と、トランス女性が同じカテゴリで闘うことに、「NO」を表明した。
 さらにブリッジスはツイッターで「私はトランスジェンダーに何の反対もしないし、あなたが幸せになるようにすればいい」と前置きしつつ「(しかし)現実には、生まれながらの女性とトランス女性の身体は同じではない。トランスであることは、スポーツでは関係のないことだ」と発言した。そして、トランス女性が女性部門での参加を希望することについては「トランス女性同士の部門を作ればいい。私は、男性として生まれたトランス女性が、女性相手の格闘技に出場することには絶対に同意しない。私の意見は嫌われるかもしれないが、これは私の命が危険にさらされるからだ」と、激しいコンタクトスポーツでもある格闘技において身体の性差が致命的になると主張した。

 ボクシングではWBCが、2022年12月、トランスジェンダーのためのカテゴリーを導入することを検討していると発表した。
 同年12月30日に、WBCのマウリシオ・スライマン会長は、トランスジェンダー選手の問題につき、「2023年、世界にこの問題に関心を持っている人たちに呼びかけて協議し、リーグやトーナメントを設定する可能性が高まっています。安全性と包括性のために今こそこれに着手するときです。我々は女子ボクシングについてもリードしてきました。これにより男性と女性が戦うなんていう危険なことは絶対に起こりません。ボクシングでは、男性と女性が戦うことは、性別の変化に関係なく、決して受け入れられてはならないもの。グレーゾーンもあってはなりません。我々は透明性と正しい決断をもってこの問題に取り組みたいと考えています。女性から男性へ、または男性から女性へのトランスジェンダーでも、生まれたときの性別と、異なる性別とで戦うことは決して許されません。我々は、トランスジェンダーがボクシングに参加したいというのは当然と考え、トランスジェンダーのボクシングができるように、ルールと仕組みを作っています。選手の数は分かりませんが、彼らを理解できるように来年、選手登録を開始することから始めます」と述べたという。この発言は「トランスジェンダー」というカテゴリーを新設するということと思われ、日本のJBCは事実上、このような発言を受けて、真道選手に対する措置を決めたものと思われる。

 なお、アメリカでは、2022年9月15日、アメリカのMMA(総合格闘技)イベント『Combate Global』がおこなわれ、元男性のトランスジェンダーである38歳のアラナ・マクラフリン(アメリカ)が、シス女性と闘いマクフラリンが圧勝した。対戦相手となったセリン・プロボースト(フランス)に付け入る隙を一切与えなかった彼女は、わずか1ラウンドで裸締めによる見事なKO勝ちを収めた。マクラフリンは、ホルモンテストなどメディカルチェックはパスしており、ルール上は女性として問題なかったが、しかし、元米軍特殊部隊の隊員だったという経歴の他、対戦相手のプロボーストとの明らかな筋肉量の違いがあったため、マクフラリンの参戦には非難が殺到した。
 この試合については、元UFC(Ultimate Fighting Championship:アメリカの総合格闘技団体)のヘビー級王者(英国)は、「トランスジェンダーの権利について話をしているんじゃない。女性と闘うのはあまりにも無理がある。男性の身体を持った女性の場合は、あきらめなければいけないこともあると思う」「不公平さを生む」と苦言を呈した。

 このようにお互いに「殴り合う」という激しいスポーツにおいては、トランス男性がシス男性の枠で競技することも、逆に、トランス女性がシス女性の枠で競技することもできなくなる可能性がある。つまり「性自認」ではなく、まさに「生物学的な性」によってのみ、対戦競技が可能なのである。
 スポーツは、個々の選手が持っている計測可能な運動能力だけではなく、頭蓋骨など骨格や筋肉などについても、性の違いがあることを重視するべきだということであろう。

2,自転車競技

 2023年7月14日、国際自転車競技連合(UCI)は、男性として思春期を過ごしたトランスジェンダー女子選手について、全カテゴリーの女子種目への参加を禁止すると発表した。新規則は今月17日から適用される。
 この発表は、陸上や水泳など他の五輪競技と同様のルールに倣ったものとなっている。
 UCIのダビド・ラパルティアン会長は、発表文で、「自転車競技における全ての競技者に対し、何よりも機会均等を保証する義務がある」、「UCIはサイクリングが競技スポーツをはじめ、レジャー活動や移動手段として、あらゆる人々に開かれたものであることを再確認したい」と述べた。そして、現在の科学的知見において、トランス女子選手とシス女子選手の間に平等の機会は保証されないとし、「予防措置として、前者に女子カテゴリーのレース参加を認めることは不可能である」と説明し、男性として思春期を過ごしてからトランス女子になった選手は誰でも、「男性およびオープン」カテゴリーに参加できるとしている。
 なお、この規則は,今年アメリカの自転車競技でトランス女性のオースティン・キリップスが優勝した事実を受けてのことだという。