長崎の原爆における被害は、1945年12月末までには7万3884人が死亡したとされている。しかし、現在も原爆病で苦しんでいる人を数えたら、一体何人になるのだろうと思う。
石破総理大臣は8月6日、長崎平和公園で、以下のとおり挨拶した。
「本日ここに、被爆80年目の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、内閣総理大臣として、犠牲となられた方々の御霊(みたま)に対し、謹んで哀悼の誠を捧げますとともに、今なお後遺症に苦しんでおられる方々に、心からのお見舞いを申し上げます。今から80年前の今日、この街は、一発の原子爆弾により、一瞬にして一木一草もない焦土と化しました。広島に投下されたものを上回る威力のプルトニウム型爆弾によって、7万ともいわれる人々の命と未来が奪われ、その多くは一般市民でした。惨状の中でなんとか一命をとりとめた方々も、長く健康被害に苦しまれてきました。
80年を経た現在、核軍縮を巡る国際社会の分断が深まり、非常に厳しい安全保障環境に直面しています。
しかし、いかに険しい状況にあろうとも、唯一の戦争被爆国として、非核三原則を堅持しつつ、「核戦争のない世界」、そして「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の取組を主導していくことこそが我が国の使命であり、一歩一歩、着実に努力を積み重ねます。
この上で基礎となるのは、国際的な核軍縮・不拡散体制の中心となる核兵器不拡散条約(NPT)です。来年のNPT運用検討会議に向けて、我が国は、「ヒロシマ・アクション・プラン」に基づき、核兵器保有国と非保有国の双方に対し、対話と協調の精神を最大限発揮し、一致団結して取り組むよう粘り強く呼びかけるとともに、現実的かつ実践的な取組を進めます。
被爆の実相を伝えることは、核軍縮に向けたあらゆる取組の原点として極めて重要です。世界中の指導者や未来のリーダーに長崎・広島への訪問を呼びかけ、多くの方々が来訪されました。昨年、長年にわたり核兵器の廃絶や被爆の実相に対する理解の促進に取り組んでこられた日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞という栄誉ある賞を受賞されたことは、誠に意義深く、心より敬意を表します。
私は内閣総理大臣就任後、先の大戦において多くの命が失われた硫黄島、沖縄のひめゆり平和祈念資料館、被爆地となった広島を訪れ、本日、ここ長崎に参りました。80年前、この国で何が起きたのか。戦争の実態と悲惨さ、原子爆弾の被害の過酷さを、決して風化させることなく、記憶として継承していかなければなりません。被爆の実相の正確な理解を、世代と国を越えて、一層促進していく決意です。
高齢化の進む被爆者の方々に対し、今後とも、保健、医療、福祉にわたる総合的な援護施策を進めてまいります。原爆症の認定について、一日も早く結果をお知らせできるよう、できる限り迅速な審査を行うよう努めてまいります。
被爆体験者の方々についても、昨年12月から、幅広い一般的な疾病について被爆者と同等の医療費助成を開始しており、引き続き着実に実施してまいります。
先ほど、80年の時を超え二口揃(そろ)ったアンジェラスの鐘が、ここ平和公園の長崎の鐘とともに、かつてと同じ音色を奏でました。
ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ。
長崎医科大学で被爆された故・永井隆博士が残された言葉です。長崎と広島で起きた惨禍を二度と繰り返してはなりません。
天を指す右手が原爆を示し、水平に伸ばした左手で平和を祈り、静かに閉じた瞼(まぶた)に犠牲者への追悼の想(おも)いが込められた、この平和祈念像の前で、今改めてお誓い申し上げます。私たちはこれからも、「核戦争のない世界」、そして「核兵器のない世界」の実現と恒久平和の実現に向けて力を尽くします。原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊安らかならんこと、併せてご遺族、被爆者の皆様並びに参列者、長崎市民の皆様のご平安を祈念して、私の挨拶(あいさつ)といたします。
令和7年8月9日
内閣総理大臣 石 破 茂」
このあいさつを読めば、広島原爆の記念挨拶とは幾らか内容が異なり、アンジェラスの鐘が80年ぶりになったこと、永井隆博士の言葉の引用,平和祈念像の説明など、配慮がなされていることが分かる。そういう意味では歴代の総理大臣とは少し毛色がちがっていると思う。
なお、石破総理大臣は、長崎に投下された爆弾が「プルトニウム爆弾」だったことに敢えて触れている。四條知惠さん(広島市立大学准教授・長崎大学多文化社会学)によると、広島では「核分裂物質としてウラン235が使用されていたが、長崎市に落とされた原子爆弾にはプルトニウム239が使用されていた」「爆発のエネルギーはTNT火薬にすると約2万1千トン分破壊力に相当する。広島型の場合はTNT火薬約1万6千トン分だった。つまり破壊力がらみると長崎型の方が広島型の約1.3倍強力だった」という。
ところで石破総理大臣は、広島の祈念式典において「広島、長崎にもたらされた惨禍を決して繰り返してはなりません。非核三原則を堅持しながら、『核兵器のない世界』に向けた国際社会の取組を主導することは、唯一の戦争被爆国である我が国の使命です。」と発言し、また長崎においても「核兵器のない世界」の実現に向けた取組が必要だと発言している。
しかし、総理大臣は「核拡散防止条約」(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons:NPT)についてのみ触れ、「核兵器禁止条約」(Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons:TPNW)については、まったく無視している。このことは原爆の被害者のみならず、核兵器廃絶を目指す被爆団体、日本の国民、さらには世界の人々の血のにじむような努力を無視するものであろう。
実際、ノーベル平和賞を受賞した被団協(日本原水爆被害者団体協議会、英語: Japan Confederation of A- and H-Bomb Sufferers Organizations)は、石破総理大臣の挨拶には核廃絶への道が示されなかったことなどに不満を述べた。
また、報道によれば、8月6日、被団協の和田征子事務局次長は、ノルウェーのオスロで開催されたノーベル平和センター主催の会議に出席し、「自宅の隣の空き地が火葬場になり、遺体はゴミ収集車で運ばれ、毎日焼却されたと述べ、人間の尊顔とは何か、このような扱いを受けるために生まれたのではない」として核兵器の非人道性を訴え、核軍縮義務のある核不拡散条約(NPT)を守らない核保有国とその同盟国に対し「自らの不誠実さと傲慢により,人類全体が核戦争の瀬戸際に立たされていると認識すべきだ」と非難する発言をし、核廃絶に向けて一緒に行動してほしいと徴収に訴えたという。
なお、私は英語が苦手なので調べたところ「proliferation」とは、元はラテン語の「prolifer」の「子孫を増やすこと」が原義らしい。他方、「prohibition」は元ラテン語で「proibitio」の「禁止」を意味する。そういえば、イタリア語で禁止するとは「proibire」だった。略語が「P」だと分かりにくいと思う。