NHKの報道では,8月6日に「ローマ教皇レオ14世 広島原爆の日に 核兵器による抑止力を批判」とする記事があった。この記事によると、ローマ教皇レオ14世は、「広島原爆の日」にあわせ、「相互破壊の脅しに基づく幻想の安全保障が対話の実践に道を譲ることを望む」と述べて、核兵器による抑止力を批判しました」とあった。記事を紹介してみる。

 「広島原爆の日の8月6日、バチカンで一般謁見に姿を見せ、教皇は、『きょうで広島に原爆が投下されてから80年となり、3日後には「長崎原爆の日」を迎える。時が流れても、これらの悲劇は戦争、とりわけ核兵器がもたらす破壊を世界に警告し続けている』

、『強い緊張関係と血塗られた紛争に覆われた今の世界で、相互破壊の脅しに基づく幻想の安全保障が法的な手段や対話の実践に道を譲ることを望む』と述べて、核兵器による抑止力を批判しました。」

 「核兵器をめぐっては、ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアが、核による威嚇を繰り返すなど、核戦争のリスクが冷戦後、最も高まっていると指摘されています。ことし4月に亡くなった前のローマ教皇のフランシスコ教皇も、核兵器の使用に加えて、開発や保有も一切禁止すべきだと訴えるなど、歴代の教皇よりも踏み込んだ姿勢を示していました。」とコメントしている。

  イタリアの新聞で確認したところ、次のような記事があった。

   Udienza generale. Leone XIV: Hiroshima monito per il mondo di oggi mercoledì 6 agosto 2025

 "A 80 anni dal bombardamento nucleare della città di Hiroshima, seguito tre giorni dopo da Nakasaki, assicuro la mia preghiera per chi ha subito effetti fisici, psicologici e sociali da quell'evento". “Nonostante il passare degli anni quei tragici avvenimenti costituiscono un monito universale contro la devastazione causata dalle guerre e in particolare dalle armi nucleari. Auspico che nel mondo contemporaneo, segnato da forti tensioni e sanguinosi conflitti, l’illusoria sicurezza basata sulla minaccia della reciproca distruzione, ceda il passo agli strumenti di giustizia, alla pratica del dialogo, alla fiducia nella fraternità” ha concluso il Pontefice.

  この説教の中での重要な言葉は直訳では「illusoria sicurezza」(幻想の安全)であり、「核抑止力という安全保障は幻想である」という意味で、核抑止論に対する批判であり、核廃絶こそ重要だという発言だと思われる。

  ところで、教皇レオ14世はいうまでもなくバチカン市国の首長であるが、バチカン市国は、核兵器禁止条約について最初に署名した3つの国の一つだったという。

 核兵器禁止条約は、2017年7月7日に国際連合総会で122か国の賛同をえて採択され、同年の2017年9月20日にガイアナ、タイ王国、バチカン市国がまず批准したが、その他の国も批准し、2020年10月24日に発効に必要な50か国に達し、その90日後の2021年2月22日に発効した。(ただし、イタリア共和国は、北大西洋条約機構(NATO)の同盟関係に基づき、米国の「核の傘」の下にあるため、この協約を批准していない。なお、イタリアは日本と同様、締約国に軍縮交渉義務を課す核不拡散条約に加わり、米ロ英仏中に核保有を認めている。)

  そして翌年2022年6月21日から3日間、オーストリアのウィーンで第1回締約国会議がおこなわれた。(なお、第2回締約国会議は2023年11月27日から12月1日までニューヨークで開催、第3回締約国会議は2025年3月3日から3月7日までニューヨークで開催)

 核兵器禁止条約第1回締約国会議について、2022年6 月21日、ローマ教皇フランシスコは、議長アレクサンダー・クメント大使に対して以下のようなメッセージを送ったという(光延一郎氏の全文翻訳があるが、ただ、メッセージは長文なので、私が勝手に重要だと判断したことのみを書く)。

「現在の状況において、軍縮を語り軍縮を提唱することは、多くの人にとって逆説的に思えるかもしれません。しかしながら、私たちには国内および国際的な安全保障に対する近視眼的なアプローチの危険性や、核拡散のリスクを常に意識している必要があります。私たち皆が熟知するように、それをしないでいるなら、罪のない人々の命を奪う殺戮と破壊という代償を払わねばなりません。それゆえ、私はすべての武器を封印し、たゆまぬ交渉の継続によって紛争の原因を排除するようにとの訴えを新た強調したいと思います。「戦争をする者は、人間性を忘れているのです」(サンピエトロ大聖堂 日曜説教より)

 平和は部分的に達成できるものではありません。平和が真に公正で永続的であるために

は、普遍的なものでなければなりません。ある人々にとっての安全と平和が、他の者にとっての集団的な安全と平和から切り離されていることは、欺瞞的です。これは、Covit-19の大流行の不幸のうちにも私たちが学んだ教訓の一つです。「私たち自身の未来の安全は、他者の平和的な安全を保証することにかかっています。それは、平和と安全と安定が世界的に確立されないならば、まったく享受されえないからです。個人的にも集団的にも、私たちは、兄弟姉妹の現在と未来の幸福に責任を負っているのです」(核兵器の人道的影響に関するウィーン会議へのメッセージ)

 バチカンは、核兵器のない世界が必要であること、かつそれが可能であることに疑いを抱いておりません。集団安全保障のシステムにおいて、核兵器やその他の大量破壊兵器の居場所はありません。実際「二十一世紀のこの多極化した世界において、平和と安全に対する主要な脅威が、例えば、テロ、非対称紛争、サイバーセキュリティ、環境問題、貧困など多くの側面を持つことを考慮するならば、このような課題に対する有効な対応策として核抑止力が不適当であるという疑念が少なからず生ずるのです。こうした懸念は、いかなる使用によってであれ、核兵器がもたらす時間的・空間的に壊滅的で無差別かつ抑制不可能な結果の、人道および環境への破滅的な影響を考慮すれば、さらに大きくなります」(核兵器の完全廃絶に向けた、核兵器を禁止する法的拘束力のある交渉のための国連会議へのメッセージ)。また、これらの兵器の維持管理から生じる不安定さそのもの、つまり不本意であれ、非常に厄介なシナリオにつながりかねない事故のリスクも無視できません。

 核兵器は高価で危険な負債です。核兵器は「ある種の平和」という幻想を与えるだけの「リスク増大装置」なのです。それゆえ私はここで、核兵器の使用はもちろん、核保有も非道徳的であることを再確認したいと思います。恐怖と不信に支えられた誤った安全保障と「恐怖の均衡」によって、安定と平和を守り確保しようとすることは、必然的に民族間の関係を損ない、真の対話の可能性を阻むことになます。核の所有は、容易にその使用を刺激する脅威となり、人類の良心に矛盾する一種の「恐喝」となります。

 この点で、教皇ヨハネ二十三世は次のように述べました「軍備縮少の過程が、人間の心にまで及ぶ徹底した完全なものでなければ、軍事力増強の停止、軍備の削減、さらに~これは最も重要です~その全廃は実現しません。人々の心の中から戦争勃発の予感に対する恐れと不安を払拭するために、すべての人は心から協力しなければなりません」(教皇ヨハネ二十三世『地上の平和《パーチェム・イン・テリス》』)

 国際軍縮協定と国際法を遵守し尊重することは、弱さを表示しているのではありません。それどころか、それは信頼と安定を高めるものとして、強さと責任の源です。さらに、この条約がそうであるように、国際軍縮協定と国際法の遵守尊重は、国際協力と被害者や環境に対する援助を提供します。これに関して私は、広島と長崎の原爆を生き延びた被爆者、そして核実験によるすべての被害者に思いを馳せます。

 最後に私は、この条約を実施するための基礎を築くために、国家、国際機関、市民社会の代表の皆様が、人間の尊厳と、私たちは皆兄弟姉妹であるという意識に基づいて、生命と平和の文化を促進する道を選び続けるよう励ましたいと思います。カトリック教会は、民族と国家の間の平和を促進し、平和のための教育を育むことに、引き続きゆるぎなく教会をあげて献身してまいります。それはカトリック教会が、神の前で、またこの世界のすべての人々の前で拘束されるべき義務であります。正義と平和のために働く皆さん一人ひとりと皆さんの努力を主が祝福してくださいますように。

         2022 年6月21日、バチカン市国より フランシスコ      」

  このメッセージの中に「核兵器はある種平和の幻想」という言葉があるが、レオ14世はこのフランチェスコ教皇のことばを重視したのかもしれない。

  ローマ教皇は「核抑止論」ではなく「核廃絶論」に立っているのである。今後のローマ教皇レオ14世の活躍に期待したい

  なお、教皇フランシスコは、日本流の呼称で、イタリア語風に「フランチェスコ」と発音するのが実際に近い。フランチェスコ教皇(1936年アルゼンチン生まれ、本名ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)は第266代教皇として2013年3月13日から2025年4月21日まで務めた。イエズス会出身であり、日本の長崎や広島にも来ている。そのため日本のカトリック信者とのつながりは重要である。