法律雑誌で公表されているもうひとつの過労死に関する判決を見てみよう。
2007年(平成19年)11月30日には国・豊田労基署長(トヨタ自動車)事件の名古屋地方裁判所判決である(労働判例951号)。この判決については被告は控訴しなかったことから確定した。
男性Bさんは、1989年(平成元年)4月にトヨタ自動車に入社し、主に堤工場にて自動車ボデーにゆがみやへこみがないかどうかを品質検査する部署に第1品質係のRL813組に配属されて働いていたが、2002年(平成14年)2月9日の午前4時20分頃、工場内の詰め所にて交替勤務する「反対直」と呼ばれる後の組への申し送り事項を申送帳の記入や、ライン作業者から業務報告を受けたり、ドアの不具合につき後工程である組立のGL(グループリーダー)と折衝したり、不良品を現場から持ち帰ったりといった作業をしていたところ、意識を失って椅子から崩れ落ち、午前4時50分には心停止状態になり、午前6時57分搬送先の病院で死亡が確認された。Bさんは死亡当時30歳だった。
Bさんの妻は、2002年(平成14年)3月に本件災害が業務に起因するものとして豊田労働基準監督署に遺族補償年金などの請求をしたが、2003年(平成15年)11月不支給処分としたため、さらに2004年(平成16年)1月愛知県労働者災害補償保険審査官に対し審査請求したが、審査官は2005年(平成17年)3月に棄却決定を出した。さらに平成17年4月に東京の労働保険審査会に再審査請求をしたが3ヶ月以上経過しても裁決がなされなかったため、2005年(平成17年)7月にBさんの妻が原告となって国と処分庁である豊田労働基準監督署長を被告として提訴したものである。
判決は、まずBさんの労働時間について次のとおり認定した。
「第1作業係では1週間毎に1直(日勤)と2直(夜勤)とを交代する。深夜労働を含む2交代勤務制が実施されていた。1直および2直の所定始業時刻、ライン稼働開始時刻および終業時刻は以下のとおりだった。
1直:始業時刻 午前6時25分
ライン稼働開始時刻 午前6時30分
終業時刻 午後3時15分
2直:始業時刻 午後4時10分
ライン稼働開始時刻 午後4時15分
終業時刻 午前1時00分 」
そして、時間外労働時間については「平成14年1月10日から同年2月8日までの期間において合計312時間40分在社し、このうち労働時間は合計278時間10分である。労働基準法32条1項所定の1週間に40時間という労働時間の規制に従ってBの時間外労働を算出すると、上記期間における時間外労働は、106時間45分となる」と認定した。
さらに被告の反論については「Bの勤怠管理についてはK(グループリーダー上司)が残業時間等の所定事項をパソコンに入力することにより行っていたものであるが、パソコンに入力されたBの残業時間は、Kが通常の処理方法で必要と認められるであろう作業時間を想定して入力したものであって、作業に費やした実際の時間を示すものではない」と認定している。
さらに判決はBの小集団活動につき、次のように認定した。
「Bは、平成12年から本件災害発生当時まで、交通安全リーダー、職場委員、QC(品質管理Quality Control)サークルリーダーの役割を担っていた。トヨタ自動車は従業員の人事考課において基礎技能職・初級技能職・中堅技能職につき、創意くふう等の改善提案やQCサークルや小集団活動での活動状況をEX級(班長職エキスパート級)につき組メンバーを巻き込んだ活動ができることを考慮要素としている。」
「創意くふう提案、およびQCサークルの活動は、トヨタ自動車の事業活動に直接役に立つ性質のものであり、また交通安全活動もその運営上の利点があるものとしていずれもトヨタ自動車が育成・支援するものとして推認され、これにかかわる作業は、労災認定の業務起因性を判断する際には、使用者の支配下における業務であると判断するのが相当である」とした。
そしてBの労働の質については「Bのライン外業務は不具合の処理として、その発生元や不具合がBの担当部署で発見できず後の工程で発見された場合の折衝が必要になり、ときに他の組の上位職制から叱責されたこともあったというのであるから、その職務の性質上比較的強い精神的ストレスをもたらしたと推認できる。またライン稼働中は、詰所でゆっくり座って仕事ができる日がほとんどなかったというのであるから、ライン稼働中の業務は労働密度も比較的高いものであったというべきである。加えて、夜間交替勤務による労働は人間の約24時間の生理的な昼夜リズムに逆行する労働態様であることから、慢性疲労を起こしやすく、様々な健康障害の発生に関連することがよく知られており、近年の研究により心血管疾患の高い危険因子であることが解明されつつあることに照らせば、Bの業務が深夜勤務を含む2交代勤務制である本件勤務体制の下で行われていたことは慢性疲労につながるものとして業務の過重性の要因として考慮するのが相当である。」と判示した。
最後に「本件災害はBが従事した業務に起因するものというべきであるから、これを業務上の災害と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである」と判決をした。
(続く)