世界的な動きは数年前からあるが、特に今年に入ってからの事情を追いかけてみた。
1,国際陸上競技連盟(世界陸連 WA)の決定
2023年3月23日、世界陸連のセバスチャン・コー会長は、トランスジェンダーの女性が国際大会で女子カテゴリーに出場するのを禁止した。
そして、「男性として思春期を過ごしたトランスジェンダーの選手について、3月31日以降は女子の世界ランキング大会への出場を認めない」と発言した。
但し、世界陸連は、今後1年間、ワーキンググループを設置し、トランスジェンダー選手の出場指針に関してさらに検討する予定で、コー会長は「永遠にだめだと言っているわけではない」と説明。今回の決定は、「女子カテゴリーを守るという包括的な原則に基づくもの」と述べた。
これまでの規則では、トランス女性は、競技前の1年間、血中のテストステロン(男性ホルモン)を1リットル当たり最大5ナノモルに抑えれば、女子カテゴリーに出場できたが、これを大きく変更させることになった。
コー会長は、「異なる集団間でニーズや権利が対立する場合、決断は常に困難だ。だが、何よりも女性アスリートの公平性の維持が必要だという見解は変わらない」、「身体的パフォーマンスや男性がどのように有利なのかについて、科学は今後数年間で必ず発展し、私たちの指針となるだろう。証拠が増えれば、私たちは方針を見直す。だが、最も重要なのは陸上競技における女子カテゴリーの公正だ」とした。
この決定により、次回のオリンピック・パラリンピックの陸上競技の参加基準に変更があると思われる。
2,その他のスポーツ競技状況
国際水泳連盟(FINA)は、世界陸上連盟に先駆けて、2022年6月19日、世界選手権大会が開催されているハンガリー・ブタペストにおいて臨時総会を開き、新方針を決定した。その内容は、トランス女性選手が男性の思春期をわずかでも経験していた場合、女子のハイレベル競技会への出場を認めないこと、それらの選手はテストステロンを減らす薬物療法を受けても、「生物学的女性よりも相対的にパフォーマンス面で有利」だとした。また、性自認が出生時の性別と異なる選手のため、競技会で「オープン」というカテゴリーの設置を目指すことも決めた。この新しい方針は、FINAのメンバー152人の71%の賛成で可決された。
国際ラグビーリーグ(IRL)は、2022年6月21日、トランスジェンダー選手の女子国際試合出場を禁止すると発表した。多様な選手の受け入れに関する調査・研究を進める間の措置だとしている。
イギリスのラグビーフットボールリーグとラグビーフットボールユニオンは、女性だけが出場する試合へのトランス女性の出場を禁止した。
国際自転車競技連合(UCI)は2022年6月16日、トランスジェンダー選手の資格基準を厳格化し、トランス女性が女子のレースに参戦するための資格獲得期間を2倍に延ばした。この決定は、最新の科学知識からの情報を基にしたものであるとしている。
UCIは、「サイクリングのパフォーマンスにおいて、筋肉の強さとパワーが重要な役割を担っていることを踏まえ、UCIはテストステロン値を下げるための移行期間を12か月から24か月に延長することを決定した」と説明した。
具体的には、これまでの規則ではテストステロン値を12か月間で1リットル当たり5ナノモル以下にすることになっていたが、今後は24か月間で1リットル当たり2.5ナノモルまで下げる必要があるとした。
しかしながら、自転車競技では、このように参加資格が厳格化されたものの参加自体の禁止はなかったので、今年も多くのトランス女性が優勝した。
たとえば、2023年4月30日、アメリカのニューメキシコで開催された自転車競技「ツール・ド・ジラ」において、トランス女性のオースティン・キリップスが優勝した。
彼女は2019年から自転車競技を始めた。キリップス選手は生物学的には男性で、国際自転車競技連合(UCI)の公式イベントでトランス女性であることを公表しており、2022年から女性部門でレースに出場している。
今回のツール・ド・ジラのロードレースの優勝賞金は男女同額で、なんと3万5000ドル(約470万円)だったので、「こうなってくると賞金目当てで参加してくるサイクリストも出てくるかもしれない。トランスジェンダーの枠も設けるなど対策をしたほうが良いのかもしれない」という意見もでたほどである。
また、2023年6月10日、アメリカ・ノースカロライナ州で開かれた自転車レースの競技「BWR」の女性カテゴリーで、トランスジェンダーの選手、オースティン・キリップスが優勝した。大差をつけて敗れた2位の女子選手が大会後に「カテゴリーを分けるべき」と言及。大会の公式サイトなどによると、起伏が激しい約210キロのコースで実施する大会で、女子プロ部門の優勝賞金は5000ドルである。キリップス選手は序盤からレースの主導権を握り、2位と5分の差をつけて優勝した。他方、2位のペイジ・オンウェラー選手はインタビュー中に複雑な表情を浮かべ、「オースティンにはかなわなかった。パワーが比べものにならない。カテゴリーを分けるべきだ」と言及したという。
このように自転車競技においてトランス女性が優勝しているので、たとえば、従来自転車競技にて輝かしい成績を上げた女性のハンナ・アレンスマンは,キリップスに負けたため、シクロクロスから引退した。彼女はアメリカでは25回優勝しているエリートで、2023年米国チーム選考レースで4位だったが、3位と5位はトランス女性だった。彼女は「どんなにハードにトレーニングしても、アンドロゲン化された体の不当な利点を持つ男性に負けなければならない」と発言したという。
2023年5月26日、イギリス自転車連盟は「トランス女性の女性カテゴリーへの競技参加を禁止すること」を発表した。同連盟によると、規則を厳格化するのは「スポーツの公正さを守るため」で、選手を「女性」と「オープン」のカテゴリーに分けることを決定し、女性カテゴリーは、出生時の性別が女性である選手、およびホルモン療法を開始していないトランス男性のみ対象になるという。UCIは、現在も血中テストステロン値を2年間、1リットル当たり2.5ナノモルまでに抑える基準を提案してるので、イギリスは、これを変更したことになる。
またイギリスのトライアスロン連盟は、2022年、イギリスのスポーツ団体では初めて、トランスジェンダーの選手が出場できる「オープン」カテゴリーを新設した。
イギリスの陸連は、今年2023年2月、出生時に女性とされた選手たちのために女子カテゴリーを法的に守る法改正を望むと表明し、すべてのトランスジェンダーの選手は、オープンカテゴリーで男子選手と競技することが認められるべきだとした。
このように世界の動きを見ていると、少なくともスポーツの各種目においては、トランス女性を女性枠ではなく、新しい「オープンカテゴリー」に参加するようにしている。