1. Uomo avvisato, mezzo salvato.

予告された者は、半分救われたようなもの

「ここには、何を知らされたかが書いていないが,イタリアでは、通常は危険とか悪いことを予告するという意味で使われている。だから危険や悪いことが予告されたら、その段階で、それを回避することができるから、早い内に助かるということだね。」
「将来の危険などが予告されても、なにもしないでいると、その結果、悲惨な結末を迎えることがある。だから、誰かから重要な予告つまりアドバイスを受けたら放置しないで、きちんと考えることが必要かもしれないね。つまり、助言には耳を傾けなさいということだ」
「イタリアでは、子どもが悪いことをしたときにお母さんが、こう言って、注意するそうだ、そしてお母さんの言うとおりにしないと叱られるというよ。」
「なるほど、そうやって、子どもには『大人のいうことを聞きなさい』って、しつけをするんだね」
「まあ、すぐにできることは、明日は雨が降るでしょう、という予報があれば、傘を持って出かけることは必要だね。」

  1. Non è bello ciò che è bello, ma è bello ciò che piace.

美しいものは必ずしも美しくなく、好きなものこそが美しい

「客観的に美しいものが美しいという訳ではなく、自分の気に入っているものが美しいということだね。まあ、相手は女性に限ったことではなく、気に入った絵画とか彫刻とか、みんないろいろな意見を言っているけど、他人の意見に流されず、自分の一番好きなものこそ『美しい』と表現することが必要かもしれないね。」
「日本にも『あばたもえくぼ』という似たようなことわざがあるよ。口の端に、笑うとほっぺたが少しへこむという笑窪があって、これができるととても可愛らしく見えるよね。だから、その人が好きだったら、あばた(水疱が治った後の皮膚に残った瘡蓋)のような物も好ましく思えるということだ。」
「そこまで好きになれる人ができたらいいなあ」

  1. Noi eravamo come voi, Voi sarete come noi.

我々はあなた方と同じように生きてきた。
あなた方も我々と同じようなるだろう。

「この言葉は、ローマにあるサンタ・マリア・デッラ・コンチェツィオーネ(聖マリア処女懐胎教会)、日本では骸骨寺として有名だけど、この教会の地下の特別室の入口に書かれている。この部屋には無数の人骨が芸術品として展示されているよ。
説明文では1528年から1870年までの350年間に亡くなった4000人の遺骨から作られているそうだ。」
「凄いね。怖くなるくらいだ。実はラテン語で Sum quod eris, fui quod sis というのがあって、表現は少し古いけど、『余は汝がいずれなるであろうところのものにして、かつては、汝が今かくあるところのものなりき』というフレーズがある。実は、このラテン語は、あちこちの墓碑銘になっているそうだね。」

「さらに、この教会には、教皇ウルバヌス8世の弟で枢機卿だったアントニオ・バルベリーニの墓石があるが、そこには hic iacet pulvis, cinis, et nihil(ここに横たわるのは,埃、灰、そして無である)と書かれてているそうだ。」
「無常観を感じるけど、人間はいずれ誰でも死ぬが、今を精一杯行きなさいというアドバイスだね。」

  1. O patria! o patria, quanto mi costi!

祖国とは、なんと高く付くのでしょう

「この言葉は、オペラ『アイーダ』の主人公のアイーダが第3幕で言った言葉だ。イタリアのヴェルデイの有名なオペラで、1871年12月にエジプトのカイロ王立歌劇場で初演された。この物語は、紀元前2000年頃とされていて、場所はエジプト。主人公のアイーダはエチオピアの王女だが、敵国のエジプトの捕虜となっているものの、エジプトの若い将軍ラダメスと恋仲という設定。ところが父親のエチオピア王がエジプト軍に捕らえられ、父王はアイーダにエジプト軍の軍事秘密をラダメスから聞き出せと強要した。
 その言葉が、Pensa che un popolo vinto, straziato, per te soltanto risorger può.
(闘い敗れている民衆は、お前によってのみ、立ち直ることができるのだ。)というフレーズで、その父王に対する返事が、このアイーダの言葉なんだ。」
「かわいそうに、アイーダは祖国への愛とラダメスへの愛の板挟みになったんだ。どんなにか苦しかっただろうに。」
「しかし、アイーダは、結局ラダメスから軍隊の場所を聞き出してしまう。結局祖国への愛が勝ったんだよ。しかし、そのことがラダメスを苦しめ、最後は・・・」
「オペラで、祖国への愛を主題にすることは珍しいんじゃないかなあ。」
「ヴェルデイは、1813年に生まれて1901年に亡くなったが、この時期、イタリアは統一運動があった。当時、イタリアは、小国に分裂していたが、1815年頃からイタリアを統一する運動が起きた。1861年にイタリア王国が建国され、さらに1870年にはローマの教皇領もすべて合併し、イタリア半島の統一が完了したという。ヴェルディはこのような政治状況を良く理解し、祖国統一のための運動を理解していたのだろう。アイーダのこの言葉は、まさに愛国心をくすぐる言葉だったのかもしれないね。」
「難しい歴史があったんだね。でもこのアイーダは、2幕の凱旋行進曲が一番有名だね。あの勇壮なトランペットを聞くと,胸が高鳴って勇気がわいてくるよね。それだけでもヴェルディは、凄い作曲家だと思う。」

  1. Con onore muore chi non puo serbar vita con onore.

名誉をもって生きられない者は、名誉をもって死ね

「これは、かの有名なイタリアのプッチーニが書いたオペラ『蝶々夫人』の中で、主人公の蝶々さんが自殺する時に言ったことばだよ。正確には彼女は短刀で自殺したが、その短刀の鞘にこのように書いてあったという。」
「どういうこと?」
「第1幕では、この短刀は蝶々さんの父親の形見で、父親は天皇から下賜されたこの短刀で切腹したとなっているよ。多分、プッチーニにとっては日本の武家社会にあった切腹に興味があったんだろうから、蝶々さんの短刀による自殺を書きたかったのかな。」
「でも蝶々さんはなにも悪いことをしていないし、ピンカートンから捨てられても、自分の人生を生き続けることはできたんじゃないの?自殺することが蝶々さんの名誉だなんて信じられない。」
「かつて日本でも、このような自殺が当然視されていて、第2次大戦でアメリカ軍が沖縄に上陸したときに、日本軍は『アメリカ軍が上陸したら男は殺され,女は強姦される、このように陵虐を受けて恥辱を受ける位なら死ぬべきだ』と言って、日本人の名誉のためということで、多くの住民に対して自殺を強要したこともあったと言われている。」
「でも,なにも責任がないのに、名誉のために死ぬというのは、現在では理解されないとおもうよ。」

  1. Vita brevis, ars longa.

人生は短く、技術は長い

「これは、ギリシャ人のヒッポクラテスの言葉だったので元はギリシャ語だった。だけど、セネカがラテン語で紹介したことで有名になったらしいよ。
現代イタリア語では、la vita è breve,  l'arte è lunga というみたい。」
「日本では『芸術は長く、人生は短い』と紹介されているけど、どう違うのかなあ」
「ヒッポクラテスは医者だったから、芸術という言葉を使うことはないよ。だから、ここでいうアルス(ars)は技術ということで、『医者の人生は短いが、医術の生命は長い』ということで習得した医術はずっとその後も役にたつという意味かな。でも『医術の習得などには時間がかかるとヒッポクラテスが嘆いた』とも言われている。」
「確かに医学部を卒業するのは、他の学部に比べて長いね。それに原因の分からない病気もたくさんあるので、現代の医学でも治療できない病気も多いしね。」