2023年2月9日、名古屋地方裁判所において、2人の女性労働者に対する育休復職拒否事件について和解が成立したので紹介します。

第1,事件の概要と経過

1,当事者に対する退職強要

 原告はAとBの2人で,共にT社に正社員として勤務していました。

 Aは2017年2月に第1子を出産し育児休業を取得後、待機児童等で育休を延長し、2019年2月21日に育休明けで復職する予定でした。なお、Aは2019年9月13日に第2子を出産しました。

 他方、Bは2018年4月に第1子を出産し育児休業を取得後、2019年4月13日に育休明けで復職する予定でした。

 2019年2月4日,AはT社の担当者Sに妊娠していること等を伝えました。すると、Sは、2月15日、Aに対し「2人目は状況により違いがあり休職を再考せざるを得ない。『退職』という結論に至った」と言ったのです。Aは、復職する意思だったので抗議しました。するとSは2月17日にAを自宅訪問し、「会社にはAが復職するという選択肢はなく、退職することのみ。Aが退職届を書かない場合には解雇通告する」などと話しました。その後もAは復職を希望したのですが、Sによる退職強要が続き、耐えきれず退職することにし、2月25日、やむを得ず「このたび妊娠を理由として退職勧奨に応じて退職します」と記載した退職届を出したのです。しかし「妊娠」の文字があることを理由に会社から受領を拒否され、退職日を2月20日にするよう強要されました。Aは諦めて3月2日に「一身上の都合により平成31年2月20日をもって退職します」との退職届を提出したのです。

 Bは、2019年2月17日にT社の2月15日付け文書を受け取りました。この文書には「復帰後の就業は厳しい。下記より退職日を選択してほしい。」とあり、「2019年4月12日付希望退職(退職金支給)、2019年4月12日付会社都合退職、2019年10月12日付会社都合退職(育休延長半年)、2020年4月12日付会社都合退職(育休延長1年)」の4つの退職日の選択肢が示されたのです。職場復帰の選択肢は記載されていませんでした。

 すると、3月22日、Sから退職強要の電話があり、Bが退職を拒否したところ、Sは「退職勧奨も受け入れないとなると、一方的な解雇という手段をとるしかない」と発言しました。BはSからの頻繁にわたる退職強要により夜も眠れない状況になり、同年4月10日、自己都合退職の退職届を提出したのです。その後、Bは「抑うつ状態」と診断されました。

2,提訴と経過

 2020年6月、AとBはT社を被告として名古屋地方裁判所に提訴しました。

 請求の趣旨は、地位確認請求、未払い賃金の支払、慰謝料請求及び遅延損害金などです。 その後、弁護士を通じて何回か事実関係や法律違反などの主張をしました。

 その間に裁判長が交代しました。また丁度コロナの時期だったので、裁判が延期になることもありました。

 2022年12月19日にT社の社長及び原告AとBの尋問がおこなわれました。

 裁判長は「2023年1月18日に結審、3月22日は判決日」と宣言しましたが、突然、「和解はどうか」と提案してきたのです。

 その後、数回和解の交渉があり、2023年2月9日に和解が成立しました。

第2,和解条項

 2023年(令和5年)2月に成立した和解は下記のとおりです。

(1)被告は、原告両名に対し、平成31年2月15日以降、育児休業後の職場復帰を妨害する目的で、原告らに対して有形無形の圧力を加えて強く退職強要を行い、原告らの真意に基づかないと認識しながら退職届を書かせたこと、及び原告らの退職届が男女雇用機会均等法や育児休業法等に違反しており無効であることを認め、心から反省し、謝罪する。

(2)原告A及び被告は、原告Aと被告との間の雇用契約が被告都合解雇により平成31年2月○日限り終了したことを相互に確認する。

(3)原告B及び被告は、原告Bと被告との間の雇用契約が被告都合解雇により令和元年6月○日限り終了したことを相互に確認する。

(4)被告は、次の各号に掲げる原告に対し,本件の解決金として、それぞれ当該各号に定める金員の支払義務があることを認める。

    ①原告A 金●00万円  ②原告B 金●00万円

第3,和解の意義~「退職」ではなく「会社都合解雇」

 原告らは2人とも退職届を提出したのですが、訴状の段階から「原告2人に対して2019年2月15日に被告のなした退職通知は実質的な解雇通知であって、退職届は形式的なものでしかない」と主張しました。

 最初の裁判官は、「通常の解雇とは異なり、原告が退職届を出していることには争いがないから、このことを労働者の退職の真意との関係でどう評価するかが問題である。退職の意思表示の有効性が争点である」と言いました。

 そこで、原告側は、本件は、被告の強い退職強要があったことが何よりも重要な事実であって均等法や育介法に違反していることを重視するべきであるとの立場に立ち、均等法9条3項や育休法10条等では、「退職勧奨」が原則として不利益取扱行為として禁止されていることを主張しました。そして被告の原告等に対する通知は,表現こそ「退職」の言葉を使っているものの、使用者からの労働契約を一方的に終了させる意思表示に他ならない、と主張したのです。

 そして、「解雇」と解釈するべき根拠として、均等法6条4項の「解雇」につき、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長の出した平成18年10月11日の各都道府県労働局長に対する通達では、「形式的には勧奨退職であっても事業主の有形無形の圧力により,労働者がやむを得ず応ずることになり、労働者の真意に基づくものではないと認められる場合は,『解雇』に含まれるものであること」と明記されていることを紹介しました。

 さらに、平成18年の均等法改正の際の参議院厚生労働委員会では、政府参考人の北井久美子氏(厚生労働省雇用均等・児童家庭局長)の答弁は、「現行法におきましても、形式的には解雇でない場合でも、事業主の有形無形の圧力によって労働者がやむを得ず応ずることとなって、労働者の真意に基づくものでない事実上の解雇と認められるような場合につきましては均等法違反となると解釈をしております。」と答弁した事実も主張しました。

 このように使用者から有形無形の圧力を受けて,真意に基づかずにやむを得ず退職届を書いた場合には「解雇」があったと解釈するのは当然であって、均等法の各条項に定めのある「解雇」についても同様に解釈するべきであると主張しました。

 このように原告等に対して「解雇」があったという前提のもとに、均等法9条4項では、Aは「妊娠中の女性労働者」であり、Bは「出産後1年を経過しない女性労働者」だったから、原告等に対する退職強要は解雇であり、解雇は無効であると主張しました。

 裁判長が交代したので不安があったのですが、和解交渉の段階で、裁判長から提示された和解案をみると、上記和解の2項及び3項に相当する条項において「会社都合により合意退職したことを相互に確認する(注:又は、被告都合解雇による終了)」と記載されていました。ここから裁判所も本件については「会社都合による解雇」という判決もあり得たのではないかと考えています。

第4、感想

 原告2人は、結果として退職届を書いてしまったのですが、本心ではなく、ずっと前から職場復帰したいと会社に要請していて、会社の退職強要に対してはいろいろ抵抗しました。このように抵抗したことが評価されたものと思います。

 なので、仮に退職届を出してしまったとしても、「解雇」と認められて、均等法や育休法違反になることがあるということが分かりました。

 女性が職を失うと言うことは、経済的な自立が困難になる大きな原因です。

 諦めないで、弁護士に相談してください。

以 上