先回述べたように、今の民法は1896年(明治29年)4月に制定され、1898年(明治31年)7月に施行されたものです。そのため、このときに制定された民法を「明治民法」と呼んでいます。
 明治民法の特徴は、「家」制度という概念と男尊女卑の精神で貫かれているということです。以下、名古屋大学大学院法学研究科の法情報基盤や旧法令集(有斐閣)の条文を現代語に変えて引用します。
 民法の総則編です。

「第14条
 ① 妻が左に掲げた行為をなすには夫の許可を受けることを要する。
 1,第12条第1項1号から6号に掲げた行為
 2,贈与若しくは遺贈を受諾し又はこれを拒絶すること
 3,身体に羈絆を受けるべき契約をすること
 ② 前項の規定に反する行為はこれを取り消すことができる。」

 この条文がいわゆる「妻の無能力」と言われるもので、妻には法律行為をする能力(行為能力といいます)が認められていませんでした。但し、結婚前の女性や夫が死亡により寡婦になった場合には行為能力はあります。
 では、なぜ夫がいると妻の行為能力を奪われたのでしょうか。梅謙次郎教授は、「天に2つの太陽がなく、国に2人の王がいないと同じように、家には2人の主人つまり戸主はいらない。もし家に2人の主人がいると一家の整理ができないからだ。親権は主として未成年者に対して行われ、夫権は妻に対して行われる。」と説明しています。
 ちなみ1項にて夫の許可が必要とされる第12条の6つの行為とは、「元本を領収し、又はこれを利用すること」「借財又は保証をすること」「不動産又は重要な動産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」「訴訟行為をすること」「贈与・和解又は仲裁契約をすること」「相続を承認し又はこれを拒絶すること」です。
 この条文の2項では、他人から贈与を受けることも許可が必要ですが、贈与を受けること自体は利益なのですから妻の自由だと思うのですが、梅教授によれば、「品位上また感情上、贈与を受けることができないとすることができる。これらの判断はすべて夫の意見に任せられるのでなければ、その権力が行われないことになる恐れがある。」ということです。簡単に言えば夫はそのときの気分や感情で妻に対する贈与を妻の意向に関係なく勝手に断ることができたのですね。それが「夫権」だったのです。
 この条文の3項の「身体を羈絆する」という言葉は難しいですが、「行動の自由を縛るような」という意味で理解するといいのかもしれません。梅教授によれば、「夫は妻に対して自己と同居させる権利を持っているので、妻は夫の許可なくして、その同居義務に違反するような契約などできるわけがない」ということです。例えば、労働契約などは、家の外で働くことになるので、妻の同居義務に違反するのでしょう。

「第16条
 夫はその与えたる許可を取消し又はこれを制限することができる。但し、その取消しまたは制限はこれをもって善意の第3者に対抗することができない。」
この条文は夫が一旦妻に上記の許可をした後でも、その許可がなかったことにすることができる、ということです。この条文についての梅教授の説明は、「夫は許可しても、その夫権を放棄することはない。だからどのような許可を与えたとしても、後に許可したことを後悔したときには、何時でもその許可を取り消すことができるようにしなければならない。」というものです。夫権は絶対的だったのですね。

「第17条
 左の場合においては妻は夫の許可を受けることを要しない。
 1,夫の生死が明らかではないとき
 2,夫が妻を遺棄したとき
 3,夫が禁治産者または準禁治産者であるとき
 4,夫が瘋癩のため病院又は私宅に監置されているとき
 5,夫が禁固1年以上の刑に処せられその刑の執行中にあるとき
 6,夫婦の利益相反するとき 」

 1号から5号までは、問題がないわけではありませんが、夫が妻を監督したり扶養できない場合を意味すると考えればやむを得ない規定でしょう。そして、6号は、例えば夫に対して妻が離婚訴訟を起こすときには「夫婦の利益が相反すること」になるので、この場合には、第14条にもかかわらず、妻は自分で訴訟を起こすことができました。
要するに女性は結婚した途端に、法律行為の自由、行動の自由や経済的な自由を奪われました。もちろんこのような規定は両性平等を認めた憲法第24条に反するので、昭和22年には廃止されました。
 しかし、社会的な実態としては今も残っているのです。
 例えば、妻が外で働きたいとき、妻が夫に「ねえ、私も外で働いていいかしら?」と同意を求めるケースが結構多いのではないでしょうか。それに対して「いいよ、でも家事や育児に手を抜かないで欲しい。もしそういうことがきちんとできないのなら外で働くのは禁止だ。」と夫が答えるケースが少なからずあります。なので仮に妻が外で働くことができても、家事など支障のない範囲の短時間しか働くことができないし、家に帰れば家事や育児をしなければならないので、休む暇がありません。
 このような夫の答えならまだしも、「何? おれの給料じゃ満足できないのか。おまえは俺と子供の世話をしてりゃいいんだ。」と言って、夫が妻を怒鳴りつけるケースもあります。まあ、大体こういう夫は妻から離婚を要求されることが多いと思われますが。