自民党の憲法改正案の中には、憲法第24条の改正も含んでいます。
 そこで、世界の国の女性や家族に関する規定を少し調べて見ました。そうすれば世界の水準というものが見えてくるかもしれないと思いました。
 とは言っても、「解説世界憲法集」(三省堂)や「世界憲法集」(岩波文庫:初版・第2版)の範囲内ですから、たいしたことありませんが。

A)アメリカ合衆国
 現行の合衆国憲法は1788年に成立し、その後は修正○条として存在しています。
 修正19条には「合衆国市民の選挙権は、合衆国またはいかなる州も性別を理由として、これを否定しまたは制約してはならない」というものがありますが、これは1920年に成立しています。これだけしかありません。日本国憲法14条に該当するような条項もないようです。

B)フランス1958年憲法
 現行のフランス憲法は、第5共和国憲法またはドゴール憲法とも言われ、1958年に成立していますが、この中には明文で性差別を禁止する条項はまったくありません。
 但し、前文では「フランス人民は、1789年宣言により規定され、1946年憲法前文により確認かつ補完された人の諸権利と国民主権の諸原理に対する至誠、及び2004年環境憲章により規定された権利と義務に対する至誠を厳粛に宣言する」とあります。
 ご存じのように1789年のいわゆる人権宣言は男性に限定された宣言で、女性は埒外だったので、1946年憲法の前文にて「法律はあらゆる領域において、女性に男性と平等な権利を保障する。」「国は個人と家族にその発展に必要な諸条件を保障する」などと規定されました。これらの規定は「前文」ですが、「憲法院が前文で言及された人権文書を根拠にして法律の審査をするに至り、1789年の人権宣言や第4共和国憲法前文が憲法的効力をもつ規定としてよみがえった」ということです。

C)ロシア連邦憲法
 1945年当時はロシアはソビエト社会主義共和国連邦で、1936年に制定されたいわゆるスターリン憲法でしたが、1977年には改編されました。1991年12月現在のロシア連邦が成立し、憲法は1993年12月に国民投票にて決定されました。ソビエト当時の憲法ではその第1条にて、「労働者、農民およびインテリゲンチャ、国のすべての民族および民族的集団の勤労の意思と利益を表現する、社会主義的全人民国家である」と規定されていましたが、現行のロシア憲法第1条では、「ロシア連邦は共和制の統治形態をとる民主的な連邦制法治国家である」と規定されており、もはや社会主義を取らないことは明らかです。
女性や家族に関する条項を見てみます。

第7条
 ① ロシア連邦は社会国家であり、その政策は相応な生活と人間の自由な発展を保障する条件を創り出すことを目的としている。
 ② ロシア連邦では労働と人々の健康が保護され、最低労働賃金が保障され、家族、母性、父性、児童、障害者および高齢者への国家による支援が保障され、社会的サービスの制度が展開され、なおかつ国家による年金、扶助およびその他の社会的な保護が設けられる。

第19条
 ① すべての者は法律および裁判所の前に平等である。
 ② 国家は性別、人種、民族、言語、出身、財産および職務上の地位、居住地、宗教へのかかわり、信条、社会団体への帰属、ならびにその他の状況にかかわらず、人および市民の権利と自由を保障する。社会的、人種的、民族的、言語的または宗教的な帰属を指標とした市民の権利の制限はいかなるものであれ、禁止される。
 ③ 男性と女性は同等な権利を有し、その行使において同等な可能性を有する。

第38条
 ① 母性および児童、家族は国家の保護下にある。
 ② 児童とその養育への配慮は両親の平等な権利であり、かつ義務である。
 ③ 18歳に達した労働能力のある子は、労働能力のない両親に配慮しなければならない。

D) 中華人民共和国憲法
 この国は1949年にできました。現行憲法は1982年12月に公布、施行されました。この憲法の「序言」には中国が社会主義を取っていることを鮮明にし、「国家の根本任務は中国的特色の社会主義の道に沿って力量を集中して社会主義現代化建設を進めることにある」と明記しています。
女性や家族に関する規定はこのようになっています。

第48条
 ① 中華人民共和国の女性は政治、経済、文化、社会および家族の生活等の各方面において男性と平等の権利を享有する。
 ② 国家は、女性の権利及び利益を保護し、男女同一労働同一報酬を実行し、女性幹部を養成し及び選抜する。

第49条
 ① 婚姻、家庭、母親及び児童は国家の保護を受ける。
 ② 夫妻双方は計画出産を実行する義務を有する。
 ③ 父母は未成年子女を扶養し、教育する義務を有し、成年子女は父母を扶養する義務を有する。
 ④ 婚姻の自由を破壊することを禁止し、高齢者、女性及び児童を虐待すること禁止する。

E)ドイツ連邦共和国基本法
 ドイツは敗戦によりイギリス、アメリカ、フランス、ソ連の4カ国の分割統治の下に置かれましたが、各ラントで憲法が次々と生まれました。1948年にはボンにて議会評議会ができて、基本法が検討されるようになりました。そして、1949年5月23日に公布され、「ボン基本法」とも呼ばれているそうです。
 女性と家族に関する条項です。

第3条
 ① すべて人間は法律の前に平等である。
 ② 男性と女性は同権である。国は女性と男性の同権が現実に達成されることを促進し、現に存在する不利益を除去すべく働きかけるものとする。
 ③ 何人も、その性別、出自、人種、言語、故郷及び門地、信仰、宗教または政治的な見解を理由として不利な取扱を受け、または有利に取り扱われてはならない。何人も、その障害を理由として不利な取扱を受けてはならない。

第6条
 ① 婚姻及び家族は国家的秩序により特別な保護を受ける。
 ② 子どもの保護及び教育は親の自然の権利であり、まずもって親に課せられた義務である。この義務の遂行については国家共同体がこれを監視する。
 ③ 子どもは親権者に故障があるとき、又は子どもがその他の理由から放置されるおそれがあるときには、法律の根拠に基づいてのみ親権者の意に反してこれを家族から引き離すことが許される。
 ④ すべて母親は共同体の保護と扶助を請求することができる。
 ⑤ 婚外子に対しては立法によって肉体的及び精神的発達について、並びに社会におけるその地位について婚内子と同様の条件が与えられなければならない。

F)イタリア共和国憲法
 1943年ムッソリーニ政権が倒れ、イタリアは連合国に降伏しました。1946年6月に君主制か共和制かを問う人民投票が行われ、共和制が決定されました。憲法制定議会では、キリスト教民主党、社会党、共産党の3大政党が中心になり、1947年12月に採択され、1948年1月から施行されたということです。
いろいろな規定があります。

第3条
 ① すべての市民は等しい社会的尊厳をもち、法律の前に平等であり、性別、人種、言語、宗教、政治的意見、人的及び社会的条件によって差別されない。
 ② 市民の自由と平等を事実上制限し、人格の完全な発展及び国の政治的、経済的、社会的組織へのすべての勤労者の実効的な参加を妨げる経済的・社会的障害を除去することは共和国の責務である。

第29条
 ① 共和国は、婚姻にもとづく自然共同体としての家族の権利を認める。
 ② 婚姻は、家族の一体性を保障するために法律で定める制限の下に、配偶者相互の倫理的及び法的平等に基づき、規律される。

第30条
 ① 子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり権利である。子供が婚外で生まれたものであっても同じとする。
 ② 両親が無能力の場合は、前項の任務を果たすものを法律で定める。
 ③ 婚姻外で生まれた子供に対する法的および社会的保護は法律で定める。この保護は適法な家族の成員と両立するものである。
 ④ 父の捜索に関する規定とその制限は法律で定める。

第31条
 ① 共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を助ける。大家族に対しては、特別の配慮を行う。
 ② 共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する。

第37条
 ① 女子勤労者は男子勤労者と同じ権利を有し、等しい勤労につき同じ報酬を受ける。その勤労条件は、女子に不可欠な家政の遂行を可能とし、母親と幼児に特別の適切な保護を保障するものでなければならない。

G)感想
 以上、わずか6つの国しか見ていませんが、女性や家庭、子どもの権利条項について、非常に大きな違いがあることが分かります。私は憲法学者ではないので、単なる推測の域をでませんが、おそらくアメリカやフランスは第2次大戦においては戦勝国でしたから、自国の憲法を見直すという契機がなかったのでしょう。
 また、ロシア連邦や中華人民共和国は第2次大戦後新たに成立した国家ですが、社会主義的な色彩を持っていますので、「母性、児童、家族は国家の保護下にある」(ロシア:38条)あるいは「婚姻、家庭、母親、児童は国家の保護を受ける」(中国:49条)というように国家の保護を明確にしています。他方、両国とも「両親に対する配慮義務」(ロシア:38条)あるいは「父母の扶養義務」(中国:49条)を規定しているのは、なぜでしょう。
 それに引き替え、ドイツ、イタリア、日本は、反ファシズムや反軍国主義の立場から、第2次大戦後、新憲法を制定しています。
 この3つの国の中で一番簡単なのは日本で、一番条項が多いのはイタリアです。
 例えば、今年9月4日最高裁判所で判決がでた「婚外子」の問題については、すでにドイツやイタリアは憲法でその平等を謳っています(ドイツ:6条、イタリア:30条)が日本の憲法にはありません。ベアテによれば、いろいろな条項を考えたが、上官によって拒否されたとのことです。GHQ民政局は、アメリカ合衆国が実権を握っており、アメリカは自分の生命や自由は自分で守ることを国是としているような国であることを考えれば、「婚姻・母性・子どもを国が保護する」などという発想はなかったものと思われます。むしろアメリカには存在しない24条のような条項を入れることに同意したということの方が驚きかもしれません。
 それに比べて、イタリアは第2次大戦後、キリスト教民主党、社会党、共産党の3つの党が国民の4分の3の支持を集めており、憲法制定議会においてもカトリック勢力と共産主義勢力が議論を指導しました。このように社会主義を重視する政党が憲法制定に加わっていたので、当時の社会主義的な考え方を取り入れられたのでしょう。例えば第1条には「イタリアは労働に基礎を置く民主的共和国である」と書かれていますが、この条項はマルクス主義の影響を受けていると言われています。また、第31条では「共和国は母性、児童、青年を保護し、この目的に必要な施設を助成する」と規定しており、ロシアや中国の憲法と似ているところがあります。さらに第37条では「同一労働同一賃金原則」を規定していますが、中国の憲法(中国48条)にもあります。もっともイタリア憲法37条の「その勤労条件は女子に不可欠な家政の遂行を可能とし」という役割分担論は不要だと思いますが。
 両性の平等、子どもの養育、家族のあり方などについて、どのように憲法で規定するかは、なかなか難しい論点ですが、自民党の改正草案を検討するひとつの基準にはなると幸いです。