両性の平等
         
次に婚姻についての規定を見てみましょう。
・「第750条
家族が婚姻または養子縁組をなすには戸主の同意を得なければならない。」
  この戸主の同意権は条文は存在していますが絶対の婚姻要件ではなかったようです。梅教授によれば「殊に婚姻にあっては男女互いに相恋愛する場合において、戸主の同意がないばかりに婚姻することができないという如きは、徒に私通を奨励し、あるいは少年の男女をして一生を誤らしめ、甚だしきに至りては、情死を促すかのようなこともないわけではない」というような事情も考慮されたようです。
 つまりは梅教授のような法律の大家が心配しなければならないほど、「情死」「無理心中」は当時社会問題になっていたのでしょうね。
・「第765条
男は満17歳、女は満15歳に至らざれば婚姻をなすことを得ず。」
 梅教授によれば、この明治民法ができるまではこのような制限規定はなかったそうで、「従来は12歳、13歳の童男女にして事実上の婚姻をなすこと敢えて稀ではなかったようであるが、早婚の弊はつとに識者の認めるところであり、人種改良のためにも風俗のためにも禁止せざるを得ない」ということです。具体的なことはこれ以上書いていないので、推測するしかありませんが、女の子の妊娠が医学的にも不適切であること、あるいは幼女が性風俗の犠牲になることなど、いろいろな問題があったと考えられます。
現在の民法第731条にも「男は18歳に、女は16歳にならなければ婚姻をすることができない」と同趣旨の条文があります。しかし、このように婚姻年齢が男女で違っていることも問題だと指摘されています。
・「第767条
女は前婚の解消または取消の日より6ヶ月を経過したるにあらざれば再婚することができない。 」
 梅教授は「本条の規定は血統の混乱を避けるためのものだ」と説明しており、現在の民法でも、733条では、「女は前婚の解消または取消の日から6ヶ月を経過した後でなければ、再婚することができない」とそのまま生き続けています。
 この条文は女性に対してのみ婚姻の自由を制限するものであって、婚姻における女性差別だと思われますが、平成7年12月5日最高裁判所は、この条文が憲法14条1項に違反していないという判決を出しました。しかし、仮に父親と子の血統を重視するということであれば、現在はDNA鑑定により容易に決着がつく問題です。従って女性のみに不利益を課すような待婚期間制度は、憲法24条及び憲法14条に違反していると思われます。
・「第772条
子が婚姻をするには、その家にある父母の同意を得なければならない。
  但し、男が満30歳、女が満25歳に達した後はこの限りではない。 」
 梅教授によれば「婚姻は人間の一大重事なので少年の男女が互いに婚姻することを欲するも、将来当事者のために不幸になる場合が少なくない。父母の同意を要件にしたのは、第1に本人の利益ためである」と言っています。しかし、「この父母の同意について、永久かつ絶対に要するかどうかについては、各国は一様ではなく、外国においては成年者にはこの同意を必要としない傾向もある。しかし我が邦においては、父母の権力を重視することは欧米諸国を越えているので、このような規定にした」と説明しています。
・「第775条」
① 婚姻はこれを戸籍吏に届出るによりてその効力を生ず。
② 前項の届出は、当事者の双方に成年の証人二人以上より口頭にてまたは署名した書面をもってこれをなすことを要する。            」
現在の民法739条でも、「婚姻は戸籍法の定めるところにより届け出たることによって、その効力を生ずる。前項の届出は当事者双方及び成年の証人二人以上が署名した書面で、またはこれらの者から口頭でしなければならない」という内容になっています。
ところでなぜこのような手続きを婚姻の要件としたのでしょうか。梅教授によれば次のようです。「明治8年の太政官通達や、明治10年の司法省通達によっても実際に登録手続きが行われてこなかった。実際の慣習においては上流社会といえども、まず事実上の婚姻をし、その後数日乃至数ヶ月を経て届けをなす者は10人中8・9人いた。況んや下等社会にあっては届けをしない者が非常に多い。このような状態では、神聖なる婚姻と私通との混同する虞があり、到底文明国の採用するものではない。かといって一朝一夕に欧州諸外国のような複雑な手続きにしようとしても、到底実際に行われることはない。故に手続きは最も簡易なもので実行を期待することができるようなものにした」
と、ここまで読むと、まず「婚姻」と「私通」とをいきなり比較することに違和感を覚えます。そして、次には、当時の欧州諸外国の婚姻手続きはそんなに複雑なものだったのかしら、という疑問を持ってしまいます。
実は、明治民法にはそれ以外にも婚姻の要件はたくさんありますし、現在の民法にも同様の規定はあります。例えば、重婚禁止(明治766条:現732条)、近親者間の婚姻禁止(明治769条:現734条)、直系姻族間の婚姻禁止(明治770条:現735条)、養親子等の間の婚姻禁止(明治771条:現736条)などです。
婚姻の要件について、明治民法と現在の民法を比較すると、「戸主の同意」「親の同意」など家制度に関連する規定以外については、ほとんど変わっていないという印象を受けました。
弁護士 渥 美 玲 子