コロナウイルスが世界中に感染者や死亡者をもたらしたが、ヨーロッパではいち早くイタリアの感染者数の増加が報道された。
このため、イタリアではロック・ダウンなどの厳しい措置が講じられたが、このような制度は、日本には存在しないので、日本では、もっぱら政府や知事などからの「自粛要請」にとどまった。
そこで、イタリアにおける「緊急事態宣言」の法律上の制度について少し調べてみた。
第1,数多くの緊急命令
イタリアのコンテ首相は、2020年2月23日にコロナウイルスについての本格的な「緊急命令」(Decreto)を出し、その後も3月2日、3月8日、3月9日、3月17日と次々と緊急命令を出したが、感染者の増加が止まらなかったことから、3月25日にも緊急命令を出し、2月23日の命令の大部分を失効させると共に、より厳しい措置を命じた。
この2020年3月25日の「緊急命令」の対策の有効期限は30日間とされたものの、同年7月31日まで更新することができるとされた。そして、感染者数の増加が落ち着いたため、4月8日、4月30日、5月10日、5月16日、5月19日の緊急命令により、少しずつ緩和されている。
このように緊急命令は数多く出されているので、とても全部を調査することはできないので、3月25日の緊急命令について調べてみた。
第2,憲法上の根拠
イタリアの緊急命令の法的根拠は憲法77条と87条である。このことは命令の冒頭に記載されている。
憲法77条は、「1,政府は両議院の委任がなければ通常の法律の効力を有する命令を制定することができない。2,緊急の必要がある非常の場合に、政府が、その責任において、法律の効力を有する暫定措置をとったときは、政府はこれを法律に転換するために、その日のうちに両議院に提出しなければならない。両議院は解散中であっても、特に召集され、5日以内に集会する。3,この命令は、その公布後60日以内に法律に転換されなければ、はじめからその効力を失う。ただし、両議院は法律に転換されなかった命令に基づいて生じた法律関係を法律で規制することができる。」と定めている。
この条文の表現によれば、コンテ首相が出したのは、日本のような単なる「緊急事態宣言」ではなく、「緊急命令」だということが分かる。
憲法87条は、大統領の地位や権限に関する規定で、12項目の記載があるが、今回の緊急命令については、おそらく第4項の「大統領は政府発議の法律案の両議院への提出を承認する。」が関係しているのではないかと思うが、正確なことは私には分からない。
ところで2月23日の緊急命令には記載されなかったが、3月25日の緊急命令に新たに記載された憲法条項があり、それは憲法16条だった。
憲法16条は、「1,すべての市民は、衛生上または保安上の理由により法律で一般的に定める制限の場合を除いて、国内のいずれの地方でも自由に通行し、滞在することができる。ただし、政治的理由による制限は、いかなる場合にも行うことができない。2,すべての市民は法律上の義務ある場合を除いて、自由に共和国の領土外に移出し、再移入することができる。」と定めている。
なお、日本の憲法にもよく似た条文として22条があり「1,何人も公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。2,何人も外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵害されない。」とされているが、「公共の福祉」という概念が曖昧なため、政府により濫用される危険性があると思われる。この点「政治的理由による制限はできない」と明記されたイタリア憲法はすごい、と思う。またイタリア憲法と異なり日本の憲法には「再入国の自由」については記載がない。この違いはどこから生じたのか、調査が必要かもしれない。
このような緊急命令だったので、2020年3月25日の緊急命令の署名は、マッタレッラ大統領、コンテ首相、スペランツァ保健大臣、ボナフェーデ司法大臣、グァルティエリ経済財政大臣の連名になっている。
第3,緊急命令で制限ないし停止になった事項~第1条
3月25日の緊急命令は、6条の条文から構成されているので、概観してみる。
第1条はコロナウイルスの感染防止についての緊急対策に関する内容で、その1項には、「イタリア国内の一部及び全土におけるコロナウイルスの感染によって生じている衛生上の危機を抑制し防御するために、この命令により、次の第2項に掲げた対策のひとつあるいは複数の対策を採用することができるものとする。」などの内容になっている。
後で述べるが、条文の表現は「できるものとする」ということであって、この命令自体で具体的な禁止や制限を行うものではなく、その具体的な内容は、第2条によって委ねられることになっている。
第1条2項では、「第1項の趣旨や目的に照らし、適合性の原則及びイタリア国内での実際に発生している感染状況の程度に応じて、次の対策を採用することができる」という前文の次に、禁止あるいは制限に関する事項がなんと29項目に亘って具体的にかつ詳細に記載されている。
例えば、(a)では「人の移動の制限、その住居から離れる自由に対する制限を含む。
但し、時間的、場所的、あるいは、労働目的による場合、必要あるいは緊急の状態による場合、その他、健康上あるいは宗教上の特別な場合による個人の移動の制限に対しては、その限りではない。」などとなっている。
日本で言えば、外出制限に関する規定と思われる。
(p)では「2017年4月13日に法律化された65号の命令の第2項に定めた幼児に対する教育的なサービスを停止する。小学校、中学校、高等学校などのすべての学年における教育上の活動の停止、総合大学・音楽芸術舞踊の大学・専門学校・大学卒業殿研究機関・看護師など保健衛生専門学校・高齢者の為の大学のすべての高等教育機関サービスの停止、その他の公共団体あるいは地方や地域の団体や民間団体が展開している養成講座、同種類似の講座、試験。但し、遠隔方式による活動の各自の実行が可能である場合は、この限りではない。」と記載されている。
私はイタリアの教育システムをまったく知らないが、ほとんど全部の教育機関の活動が停止されたということであろう。
第4,制限や停止条項の具体化
第2条では、「緊急命令による対策の実施」という表題で、5項にわたり具体的な実施方法が記載されている。
第1項には「第1条の諸対策は、総理大臣の命令によって講じる」とされる。この命令は「Decreti del Presidente del Consiglio dei Ministri」の各頭文字をとって「Dpcm」と略称されている。
すなわち、緊急命令は政府が発出するが、その具体的な対策は総理大臣が命令することになる。
このDpcmは、3月25日の緊急命令前でも2020年3月1日、3月4日、3月8日、3月9日、3月11日、3月22日と次々と発令され、その後も4月1日、4月10日、4月26日、5月10日、5月17日、5月18日とほぼ毎日の様に出されている。そして、その都度、制限や停止の内容が少しずつ追加されたり、改訂されたりしているので、正直言って、こんなに数多くの総理大臣命令が出されて、きちんと理解することができるのか、混乱するのではないかと、心配になってしまうのである。
第3条では、「州ないし県など下部の地方の特徴による緊急対策」が記載されている。
コロナウイルス感染状況には地域的な違いがあるので、その具体的な対策については州知事などに委ねることになっている。そのため具体的な対策は地方によって違いがある。
第5,制裁ないし処罰
このような具体的かつ詳細な規定を設けた理由は、何よりも、この緊急命令が、違反者に対して罰則をもって接していることである。
3月25日の緊急命令の第4条には「制裁及び確認」という表題の下に、罰条と罰則が9項に及び具体的に規定されている。
第4条1項では「(緊急命令の)第1条2項に含まれた抑制対策に違反した場合には、合計400ユーロから3000ユーロまでの支払いを行政上の制裁をもって処罰する。刑法の650条に定められた違反行為、または保健について定めた他の法律や緊急命令第3条3項に対する違反行為についてはこれを適用しない。 先の対策の違反が乗り物の利用を介して行われた場合には、その制裁は基本的な制裁にその3分の1を上限として加算する。」などとされている。
ちなみに、この命令が出された2020年3月から5月当時におけるレートは大体1エウロ120円だったので、日本円に換算すると、4万8000円から36万円位になる。
なお、同項で適用外となった刑法650条は「公共の正義ないし安全、公共秩序、衛生を理由とする措置を遵守しなかった者は誰でも、3か月を上限とする逮捕あるいは206ユーロまでの反則金として処罰される」と規定しているので、206ユーロが2万5000円として換算してみると、緊急命令4条によって、違反についての罰金はかなり重罰化されていることが分かる。
なお、この原稿を書いている2020年7月13日現在のイタリアでの感染者累計は24万3061人、死亡者累計は3万4954人である。ロックダウンなどによる対策でイタリアの財政問題は悪化しており、今後の予断を許さない状況だそうだ。